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想い出の住む街 第三話

 水無月 ー 六月 ー


 キーンコーンカーンコーン。

 チャイムが授業の終わりを告げると同時に、生徒達は一斉に教室を抜け出し、学校の外へと飛び出して行った。

 そんな中、ヒミィだけが相変わらずのんびりと帰り支度を整えている。

「遅い」

 ティムが呆れた顔で、ヒミィを待っている。

「ごめん、ティム。今日までに、返さなきゃいけない本があるんだ。ちょっとだけ、図書室に寄ってもいい?」

「ああ」

 ようやく支度を終えたヒミィは、ティムと二人で図書室へ向かった。

「それにしても、僕は今までに一度だってティムが本を借りているのを見た事がないよ」

 図書室へ向かう廊下の途中で、ヒミィがふと言った。

「興味がないんだよ、本なんて」

 ティムが、つまらなさそうに答える。

「どうしてさ」

「どうしてもだよ」

 素っ気ない、ティム。

「僕は面白そうな物語ばかり読んでいるけど、セピアなんかはありとあらゆる哲学書を読んでいるんだよ。あーあ、僕もセピアくらい物知りだったらなぁ…」

 ヒミィはそう言って、溜息をついた。

「そうか?」

 ティムは、その気持ちが分からないとでも言うように首を傾げた。

 そんな話をしている内に、二人は図書室に着いた。

「じゃあ本を返して来るから、其処ら辺で待っていてよ」

「分かった」

 図書室の中に入り、ヒミィは本を返しに受付へ向かった。

 する事のないティムは、いくつも立ち並ぶ迷路のような本棚の周りを、何をするでもなくうろついていた。

「あれ、ティムじゃないか?」

 突然話しかけられたティムが驚いて振り返ると、本棚の陰からセピアが姿を現した。

「珍しいな、こんな所で会うなんて」

 セピアがそう言うと、ティムはクスッと笑った。

「噂をすれば、だな…僕は、ヒミィが今日中に返す本があるとかでついて来ただけさ」

「ちょっと待ってくれ。噂をすればって、何の話さ。僕の噂でも、してたって言うのかい?」

 セピアが困った顔をしていると、ティムは微笑みながら頷いた。

「まあな…ヒミィが、セピアは凄いってさ」

「何だい、それは」

 セピアの顔は、益々困った顔になっている。

 ティムがクスクス笑っていると、分厚い図鑑を抱えたネオが向こうからやって来た。

「ど…どうして、ティムが?」

「バッタリ出会った第一声が、それか?」

 ネオの発言に、ティムが呆れた顔をする。

「セピアもネオも、僕が此処にいるのがよっぽど気に食わないらしいな」

 肩を竦めるティムを見て、セピアは微笑んだ。

「誤解しないでくれよ。君が本に興味を持っていない事くらい、十分理解しているつもりさ。だけど突然図書室なんかに現れたら、こちらとしても心の準備と言うものが…」

 それを聞いて、ティムも言った。

「さっき、ヒミィにも言われたんだ。僕が本を借りているのを、見た事がないってさ」

「気にしなくたっていいよ。アーチも、あまり本を借りない方らしいから」

 図鑑を抱え直しながら、ネオが言う。

 しかし、ティムはムッとした顔で口を尖らせた。

「アーチを話に出されても、僕としてはあまり嬉しくない」

 其処でセピアとネオは顔を見合わせ、同時に吹き出した。

 しかし周りの生徒達に睨まれ、笑いを堪えたセピアは受付の方を見た。

「あ、ヒミィが来た」

 キョロキョロと辺りを見回しながら本棚の迷路を歩いていたヒミィは、ティム達を見つけると速足で歩いて来た。

「あれ、セピアとネオも来てたんだ。うわ…凄いね、その図鑑。どうしたの?」

 ヒミィは、ネオが抱えている図鑑を見て驚いている。

 ネオは、図鑑の表紙を皆に見せた。

「世界の楽器大図鑑。僕は、音楽を専攻しているだろう?もうすぐ、レポート提出日なんだ」

「あ…そう言えば、僕も外国語の書き取りがあった」

 思い出したように、ヒミィが言う。

「じゃあ、こうしないか。この放課後の時間を使って、図書室でお勉強会。たまには、そう言うのも悪くないだろう?」

 そのセピアの意見に、皆も賛成した。

 四人は窓際のテーブルを確保して教科書やノートを出し、それぞれの勉強を始めた。

 特に急ぎの課題がないティムとセピアは、今日の授業のノートをまとめる事にした。


 時間が経つにつれて一人、また一人と生徒達が帰って行く。

 窓の外を見ると、正門前広場にいる生徒達が傘を差し始めた。

「雨か…」

 セピアが呟く。

 集中力がなくなって来たティムは立ち上がり、本棚の周りをグルグルと歩き始めた。

「もう!落ち着きがないなぁ、ティムは」

 眉間に皺を寄せながら、ヒミィが言う。

「うるさいな、いいだ…あ」

 突然、ティムが黙った。

 本棚の陰に隠れている為、テーブルからティムの姿は見えないが、何やら本のページをペラペラと捲っているようだ。

「どうしたの?」

 気になったヒミィが、声を掛ける。

 ティムは手に取った本を持って、戻って来た。

「見ろよ、この本。冒険記だ…著者ラキア、って書いてある。君の親父さんだろう、セピア」

 セピアは、黙って頷いた。

 ヒミィが、驚いて言う。

「えっ?じゃあ、その本はセピアのお父さんが書いたって事?」

「ああ、確かに父の本だよ。でもこれ、僕も初めて見る本だな…」

 其処で、セピアは思い出したように手を叩いた。

「そうか!父はもう何冊も冒険記を出版しているけど、たった一冊だけ出版しなかった著書があるんだ。ある場所に、進呈したって言ってたけど……何だ、この学校の図書室だったのか」

「さっきパラパラと読んでみたけど、学生時代にこの辺りを探険した時の事が書いてあるらしい。例の洞窟の話も、載ってたよ。但し物語の結末はこの洞窟の話に限らず、どれも全ては自分の目で確かめてみろと言うような文章で終わってる」

 ティムは、ページを捲りながらそう言った。

「其処が、僕達読者の想像を膨らませる所だよね」

 感心しながら、ネオが呟く。

「でも、凄いなぁ…僕達も行ったあの洞窟の事が、この本に載ってるなんて」

 ヒミィは、とても感動している。

「じゃあ、その本にはこの街の事が他にも沢山載ってるの?」

 ネオが訊くと、セピアは頷いて言った。

「そうさ。でもね、この本にはある秘密があるんだ」

「何、何、秘密って!」

 ヒミィは身を乗り出して、セピアに問い詰めた。

「まあ落ち着いてくれよ、ヒミィ。父曰く、世界に一つしかないこの本は何と驚くべき仕掛けがしてあるらしいんだ。しかも何話もある話の内、たった一話だけ」

「仕掛け?どんな?」

 ヒミィの質問攻めに、セピアは苦笑いした。

「実は…僕も、知らないのさ」

「えーっ!」

 ヒミィは酷くガッカリした様子で、乗り出していた体を椅子の背もたれに投げ出した。

「じゃあ、こうしようよ。目を瞑って、好きなページを開くんだ。そのページを、皆で読んでみる。それが仕掛け付きの話だったら、運がいいだろう?」

 そのネオの提案に、ヒミィはすぐさま賛成した。

「それ、やろうよ!凄い賭けだよ、これは!」

「よし、分かった。だったら、皆で開くページを決めよう」

 そう言って、セピアは本のページに手をかけた。

「僕が、ページを捲るから……誰が、ストップをかける?」

「はいはい!僕、やりたい?僕でいい?」

 元気良く手を上げるヒミィに、ティムとネオは笑顔で頷いた。

 セピアも頷き、ヒミィに言う。

「じゃあヒミィ、君が目を瞑ってストップをかけてくれ」

「分かった!」

 ヒミィはワクワクしながら、目を瞑った。

 セピアが、ページを捲り始める。

「どうしよう…」

 迷うヒミィに、ティムが言う。

「早く、止めろよ」

「じゃあ、止めるよ…えーと、ストップ!」

 ヒミィが、小声でストップをかける。

 セピアがページを捲る手を止め、テーブルの上に本を置いた。

「此処だ…第三十二話、美しい庭園」

「ねえセピア、早く読んでよ」

 再びソワソワし始めたヒミィを落ち着かせながら、セピアはゆっくりと読み始めた。



      第三十二話 美しい庭園
 

 
 ある日の放課後、僕は四人の友人と角のクレープ屋へ走って行った。

 お目当ては当時新発売で、今も学生達には人気のあるトリプルショコラだ。

 生クリーム、カスタード、そしてチョコレートがココア色のクレープ生地で包んであり、上に砕いたビスケットとチョコフレークが乗せてある。

 それを食べようと、放課後のクレープ屋は沢山の生徒達で賑わっていた。

 やっとの思いで手に入れたトリプルショコラは、何とも言いようのない美味しさだった。

 食べながら僕達は、当てもなく歩いていた。

 僕達の今日の目的はこのトリプルショコラを手に入れる事だったので、今後の予定を何一つとして立てていなかったのだ。

「これから、どうする?」

 友人Mが、意見を求めてきた。

「川向こうの街、まだ見てないよな…行ってみるか?」

 友人Dが、提案する。

 しかし、友人Tは首を横に振った。

「駄目駄目、川を渡ったって森と草原が広がっているだけだ」

「ゴミ箱、ないかなぁ…」

 早くもクレープを食べ終えた友人Yは、ゴミ箱を探してキョロキョロしている。

「じゃあ、たまには自然観察でもするか?」

 僕がそう言うと四人は顔を見合わせたが、揃って頷いた。

 クレープの包み紙を道の途中のゴミ箱に捨てた僕達は、坂道を一気に駆け下りて行った。

 
 
「あ、モンシロチョウだ!天気もいいし、出来ればこう言う所で授業をサボったりしたいよなぁ」

 Mはそう言って、草の上に寝転がった。

 川を渡り草原に着いた僕達は、何をするでもなくゆったりとした時を過ごしていた。

 しかし、暫くして突然Dが叫んだ。

「なあ…犬だ!」

「犬?」

 僕は起き上がって、Dが指差す方向を見た。

 確かに、草原の真ん中に真っ白い犬がいた。

 何故か、こちらをジッと見つめている。

「本当だ。おいで…お前、何処の家の犬なんだい?」

 動物好きなYは、犬に近付いて行った。

 すると犬は、クーンクーンと鳴きながらYのズボンを引っ張り始めたではないか。

「こっちへ来い、って言ってる」

「本気か?よせよ」

 Tはバカにしたが、僕は立ち上がって言った。

「どうせ暇なんだ、ついて行こう」

 僕達は、犬について行く事にした。
 
 

 草原にいた僕達は、いつの間にか知らない街にいた。

 ほんの僅かな時間だったのに、僕達はどうやって歩いて来たのか……記憶が定かな者は、誰もいなかった。

「隣町…か?」

 Mは、キョロキョロと辺りを見回している。

 確かに、草原を越えた所に隣町はある。

 しかし隣町にはおつかいで何度も行った事があるし、探険を好む僕達が隣町を知らない筈はなかった。

 だけど、こんな町並みは見た事がない。

「見ろよ、あれ」

 Dが、立ち止まる。

 町の中に、小さな森があった。

 その森は立派な柵に囲まれており、大きな門が開いていた。

 犬は、その門の中へと入って行く。

「森だ」

 Yがそう言うと、Tは首を横に振った。

「いや、公園じゃないか?」

「とにかく、入ってみよう。早くしないと、犬を見失ってしまう」

 僕の意見に皆が頷き、僕達は慌てて犬の後を追った。

 森を抜けると、広場に出た。

 真ん中には、クリーム色の大理石で出来た噴水がある。

 石畳の小道があり、周りには様々な色の薔薇が咲いていた。

 甘い香りが、其処ら中に漂っている。

「綺麗な公園だなぁ…」

 夢見心地で、Yが呟く。

 しかし、TはYの肩を叩いて言った。

「バカ、見てみろ。此処は、人の家の庭だよ。目の前に、家が建っているだろう?」

 Tの言う通り、噴水の向こう側に大きな豪邸が建っていた。

 真っ白な壁に、色彩豊かな薔薇模様をあしらったステンドグラスの窓が映えてとても綺麗だ。

 日の光が反射して、石畳にその薔薇が映し出されている。

 犬はワンワンと吠えながら、薔薇の手入れをしている庭師の老人の元へ走って行った。

「人の家に、勝手に入っていいのか?」

 心配そうな顔で、Mが言う。

 しかし、迷う暇もなく庭師の老人がこちらへ近付いて来た。

「おや、貴方達は?」

「すみません、その犬に導かれて勝手に入ってしまいました。帰ろうとは思ったのですが、あまりにも美しいお庭だったのでつい見とれてしまって…もう、帰りますので」

 僕が頭を下げると、老人はニコニコしながら言った。

「どうぞ、中へお入り下さい。貴方達を、待っていたのです」

『え?』

 僕達は、顔を見合わせた。

 誘われるまま入口の扉を開いた僕達は、中にいた執事に案内されて、三階の突き当たりの部屋へ通された。

「こちらへ、どうぞ」

 その部屋のテーブルには、六人分のお茶とお菓子が用意されていた。

 壁際にはベッドや箪笥が置いてあり、此処の庭園の絵が額縁に飾られていた。

 大きな白い枠の窓で、レースのカーテンが風に揺れている。

 扉の向こうのテラスに色の白い少年が一人、こっちを向いて立っていた。

 部屋のドアからあの白い犬が入って来て、テラスに立っている少年に飛びついた。

「どうぞ、座って下さい」

 少年はそう言って部屋の中へ入り、テーブルの一番奥の席に腰掛けた。

 僕達は何も言わず、黙ってテーブルについた。

 執事が一人一人に紅茶を注ぎ、中年女性のメイドがケーキを切り分けた。

 茶色く透き通ったキャラメルソースのかかった、美味しそうなモンブランだ。

 艶々とした形のいい栗が、クリームの上に乗っている。

「どうぞ、召し上がって下さい」

 その後、僕達は少年と共に楽しい時を過ごした。

 とても、素敵なお茶会だった。

 あの庭園を眺めながら、沢山の話をした。

 どんな話をしたかは、敢えて此処には書かない。

 それは、貴方達がこれから体験する事だからだ。
 



 それきり、彼と逢う事はなかった。

 あの庭園の美しさは、今でも僕達五人の心の中に焼き付いて離れないのに。

 もしかしたら、春の午後の穏やかな陽気が見せた、幻だったのかもしれない。

 

第三十二話「美しい庭園」


 其処まで読んで、セピアは顔を上げた。

「え…それで、終わり?」

 ヒミィがそう言うと、セピアは黙って頷いた。

「賭けは、僕達の負けだな…」

 ティムは、静かに溜息をついている。

 しかし、セピアは皆に言った。

「ただ、この次のページがちょっと…」

「何?まだ、何かあるの?」

 ヒミィが、突然元気になる。

 セピアは頷き、次のページの紙を摩った。

「次のページだけ、紙の感触が違うんだ。少し、厚い紙を使っている。表面も、何だか…」

「開いてみてよ」

 ヒミィにそう言われて、セピアはゆっくりと次のページを開いた。

 しかし、次のページはただの白紙だった。

「白紙だね…」

 ネオが呟いた。

「何の為に、白紙のページなんか作ったんだ?」

 ティムが訊く。

 窓の外は雨足が強くなって来て、窓硝子は滝のような水に覆われていた。

 空も雲が重く垂れ込めていて、薄暗く感じる。

「ねえ…帰る?」

 ネオが、言った。

 ヒミィは納得が行かない様子で、黙り込んでいる。

「賭けに負けたんだ、潔く帰ろう。もう、誰もいなくなったようだし」

 そう言って、ティムは教科書やノートを鞄にしまい始めた。

 ネオも立ち上がり、図鑑をしまいに本棚の方へ行く。

「意味もなく、白紙のページがある訳ないよ。これが、仕掛けに決まってる!」

 ヒミィはそう言ったが、ティムは黙って肩を竦めるだけだった。

 しかし、セピアはヒミィに同意した。

「僕は、ヒミィの意見に賛成だ。自慢する訳じゃないけど、父がこんな意味のない事をするとは、とてもじゃないが思えないんだ。絶対このページに、何かがある筈だよ」

 だが、ティムは反論する。

「でも、白紙のページをこうして一生見つめていたって、しょうがないだろう?」

 ティムの意見は、尤もだった。

 流石のセピアも、黙っている。

 ネオも戻って来て、仕方なくヒミィとセピアも帰り支度を整え始めたその時。


 ピカッ。


 物凄い光が、辺りを照らした。

 ドォーン。

 凄まじい音も、同時に聞こえる。

「雷だ!僕、苦手だよ…」

 ヒミィは、耳を塞いでいる。

 すると、ネオが言った。

「ねえ、見てよ!本が…」

「本が、何だって?」

 ティムは、慌ててセピアの手の上に開かれていた本を見た。

 ページから、細い一筋の光が天井に向かって照らされている。

 そして、空中には美しい庭園が広がっていた。

「な、何だ、これは…」

 ティムは口を開けたまま、天井を見上げている。

「凄い、凄いよ!これがきっと、本に書いてあった庭園なんだね!」

 ヒミィは目を見開いて、空中に浮かんでいる庭園を見つめた。

 ネオは立ち上がって庭園に触れようとしたが、手は空を掴むばかりだった。

「何か、立体的で透明な…でも、映像としてちゃんと此処に映ってる」

「多分、ホログラムの一種だろう」

 セピアが、言った。

「ホログラム?」

 ヒミィが、不思議そうな顔でセピアを見る。

「このページが、どう言う仕組みになっているのかは僕も分からない。だけど今、稲光を浴びてこの現象が起こった…きっと雷のような強い光を当てる事によって、この映像が映し出されるように作られているんだ」

「凄いな…君の親父さんが、作ったのか?」

 ティムに訊かれて、セピアは首を横に振った。

「いや、確かこの探険のメンバーで後に科学技術者になった人がいた筈だ。多分、その人に頼んで作ってもらったんだろう」

「でも素敵な仕掛けだよ、これは」

 ヒミィがそう言うと、ネオも頷いた。

「そうだね、想い出になるよ。僕も、行ってみたいな」

「今度、探してみないか?彼にも、会ってみたいしさ…」

 そう言って、ティムは笑みを零した。

「彼って?」

 ヒミィが訊くと、ティムは空中の庭園を指差した。

「決まってるだろう…彼だよ」

 ヒミィは顔を上げて、庭園を見つめた。

 豪邸の三階、一番端にあるテラスに色白の少年が立っている。

「本当だ…今度、皆で探そう!」

 ヒミィは、強く心に決めた。


 キーンコーンカーンコーン。


 突然、チャイムが鳴った。

 下校の、最終時刻だ。

 図書室には、既に四人しか残っていない。

「帰ろうか」

 セピアの言葉に、三人は頷いた。

 本を閉じたセピアはそれをティムに渡し、ティムはその本を元あった場所に戻した。

 奥の部屋に籠もっていた司書の老人も、ゆっくりと歩きながら窓のカーテンを閉め始める。

 その時、バタンと音がして図書室の扉が開いた。

 今頃、誰だろうか。

「やっぱり、此処にいた」

 それは、アーチだった。

「傘を忘れて、教室で雨が上がるのをずっと待っていたんだ。そうしたら、止むどころか雨は益々強くなるばかり。さっき、雷も鳴っただろう?だから誰か傘を持っていないかと思って、ずっと捜していたんだ」

 セピアは、アーチをジッと見つめた。

「アーチは本当にタイミングがいいんだか、悪いんだか…」

「どう言う意味さ…あ!まさか、誰も傘を持っていないのか?」

 アーチが皆を見回すと、セピアは傘を二本取り出した。

「偶然にも僕は、二本持ってる。今日持って来た傘と、置き傘」

「何だ、だったらタイミングがいいんじゃないか」

 アーチは、得意気な顔をする。

「一本貸すよ」

 セピアはそう言って、二本の内の一本をアーチに渡した。

「有り難う…な、何だよ。まだ、何かあるのか?」

 ボーッとこちらを見つめているヒミィを見て、アーチが訝しげに訊く。

「何でもないさ。なあ、ヒミィ?」

 そう言って悪戯っぽく笑ったティムを見て、ヒミィも黙って頷いた。

 半信半疑ながらアーチも頷き、五人は図書室を出た。

 階段を下りて正面玄関に着くと、外の雨は先程よりは小降りになっていた。

「なあ…雨も小降りになった事だし、クレープ食べに行かないか?」

 突然、ティムが提案した。

 アーチは、目を丸くする。

「何だよ、突然そんな事言うなんてティムらしくないな。こんな天気の悪い日に、わざわざ行かなくたっていいじゃないか」

「それが今、食べたいのさ。僕も賛成だ」

 セピアがそう言うと、ネオも笑って頷いた。

「僕も!勿論、トリプルショコラだろう?」

「よし、そうと決まったら早速食べに行こうよ。僕、お腹空いて来ちゃった」

 ヒミィの言葉に、皆が笑う。

 そしてピチャピチャと水溜りを避けながら、四人は走り出した。

「お、おーい、待ってくれよ…全く、しょうがないなぁ。どうしたって言うのさ、四人とも!しかも、トリプルショコラだって?何だって今更、そんな古い定番メニューを食べたがるんだよ!」

 アーチは訳も分からないまま、四人の後を追って行った。


おしまい 
 

一九九九.六.二七.日 
by M・H 


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次話(第四話以降)



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#ファンタジー小説部門


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文者部屋美
同じ地球を旅する仲間として、いつか何処かの町の酒場でお会い出来る日を楽しみにしております!1杯奢らせて頂きますので、心行くまで地球での旅物語を語り合いましょう!共に、それぞれの最高の冒険譚が完成する日を夢見て!