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マティス展:ペルピニャン〜コリウールの思い出
上野でマティス展が20年ぶりに開催されているというので、フランスへの懐かしさから観に行った。
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南仏のプロバンス地方(エクス・マルセイユ地域)に住んでいた時に、スペインに近い西側沿岸の街を何日間か旅行した。友人と一緒に出発し、途中から別れて一人ペルピニャンに滞在し、フォービズム発祥の地と言われているコリウールを訪れた。
カラフルな家々が立ち並ぶ町並みは、フォービズムの色彩に影響を与えたと言われているが、小さな入江の静かな町というほかは、これといった印象もなく、劇的なものを私には残さなかった。それほどフランス、特に南仏には、美しい街並みや風景があふれているといえる。
ただ、ペルピニャンから路線バスに乗って、コリウールに向かう道程のことはよく覚えている。季節は6月で、空は晴れ渡り、バス停には多くの人が列をなしていた。
バスが市内を出で幹線道路を走り始めると、クリアな空の下に、青々と葉を繁らせたブドウ畑がどこまでも広がっていた。地上にはクリスタルのような光が降り注ぎ、夏がやってきたんだと、ぎゅうぎゅうの車内は高揚感で満ちみちている。
6月のヨーロッパは日が長く、本格的な夏が来る前なので暑すぎず、とてもいいものだが、数ある6月の風景の中でも、この青と緑のコントラストは忘れられないものの一つになっている。
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ペルピニャンではもう一箇所、海を見たいと思い、当てずっぽうで路線バスに飛び乗った。終着のカネ(Canet)という町につくと、真っ白な砂浜がどこまでも続いていた。10キロ近くのびているという海岸は、行っても行っても白い砂と真っ青な海との二色のみ。おまけにシーズン前の平日で、広いビーチにはほぼ自分一人きり。
辺りには遮ぎるものがなく、強い風が容赦無く吹きつける。飛ばされた帽子を追いかけ、拾い上げようとすると、次の一吹きにまた遠くに飛ばされ…の繰り返し。全速力で走っていると「いい運動になるね」と犬を連れた親父がニタニタしながら、声をかけてくる。
生い茂るブドウの葉と空、延々と続く砂浜と海という、非常にシンプルな色彩は、慣れ親しんプロヴァンスの光景とはまた違う、グラフィカルな光景として強く心に刻まれることとなった。
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そんなことを思い出しながら、マティス展を訪れる。
当時はせっかく聖地を訪れたのに、絵画についてきちんと学んだり、思い巡らしたりする余裕がなかったので、この展示で初めてマティスについて一通り知ることとなった。
マティスの色彩は生涯を通じて心地よく、みんなから好かれる、モテる男の絵画という感じがした。
展示後にマティス以外のフォービズム作品も見てみると、あの、全てがきらめいているような土地で、画家たちの目に世界がどのように映っていたのかがよく分かる。
彼らの表現を「野獣」と形容したことは、少し乱暴かもしれない。フォーブ派の選んだモチーフや色彩からは、そこまで攻撃的な印象は受けなかった。
ただ、一日過ごしただけの印象で、しかも当時と今とでは違うのかもしれないが、リゾート地のニースや港町のマルセイユほどごちゃついておらず、人やもの、情報が少ない中で、のびのびと己の表現に挑んだ、自然児、野生児的な印象は受ける。
記憶の中の光景と、画家たちの色彩が胸を満たし、ゆらゆらと、心地よく揺れている。