月曜日の図書館 微力ながら助太刀
電球を手にして、利用者がカウンターにやってくる。一瞬天井までジャンプしてもぎ取ったのかと思い驚愕したが、社会人席についている卓上ライトのそれだった。切れてしまったらしい。
機械室のおじさんに連絡して、交換しにきてもらう。分館にいたころは自分で電球を買い、自分でハシゴに登って交換していたが、中央館ともなると、買うのは庶務係、替えるのは機械室のおじさん。
次に分館に異動したとき、ひとりでは何もできない人間になっていそうで怖い。
古い新聞を見たいというおじいさんがやってくる。調べてみると、マイクロフイルムでしか所蔵していない。操作したことがないと言うので、代わりに機械にセットする。
フィルムを押し込むときの力加減。ピントがボケたときの対処法。謎のエラーメッセージが表示されても慌てない。大概のことは一度電源を切ると解決する。
年代物のフィルムリーダーはしょっちゅう具合が悪くなり、その度にわたしをパニックに陥れてきたが、今では涼しい顔で淡々と対処できる。気分はまるで反抗期の子どもにナイフを突きつけられても平然としていられるベテラン教師のようである。
砂漠にひとりで置き去りにされたときには、何ひとつ役立たない知識。
メールレファレンスで、市内にあるお寺の由来について尋ねられる。ネットや最近出版された本には、詳しいことが書いてない。そこで古いお寺の由緒書を集めた和装本を根気強くめくっていくと、あった、建てた人のこと、仏像を彫った人のこと、為政者との関わり、所有している宝物などが載っている。
くずし字なんか最初はちんぷんかんぷんだったが、あまりにもよく江戸時代のことを尋ねられ続けるので、今では何となくフィーリングでわかるようになってしまった。
ハリーポッターの最終巻が日本語訳されるのを待ち切れず、わからないところを想像力でカバーしながら洋書を読んだ結果、とりあえずスネイプ先生はいいやつだったことだけは察知して感動したときと同じような脳の使い方である。
宇宙人が襲ってきたときには、何ひとつ役立たない能力。
常連の男の子がいつものように新聞を見にくる。カバンを持ち込めないエリアにぎゅうぎゅうにふくらんだカバンを3つも持ち込み、地べたに正座してどんどん縮刷版の新聞を読みはじめる。
あといっさつ。かばんもちこめない。あといっさつでおわる。いうことききなさい。おおごえださない。あといっさつ。
と言いつついっこうにやめる気配がない。カバン預けてから入ってほしいなー、あと一冊って言ったのになー、と後ろから呼びかけるも効果なし。
かばんあずける。あといっさつでおわる。おおごえださない。めいわくかけない。いうことききなさい。
きっと小さな頃から言われてきた言葉を、そのまま覚えたのだろう。何が「めいわく」か完全には理解できていないかもしれないけど、それらの言葉は彼の中にしっかり染みついている。呪いのような、それでいてお守りのような。
タイミングを見計らい、次の一冊を手にしようとしたところで割り込んでみた。パニックになるかな?と思ったが、それで気持ちが切り替わったらしく、かばんあずけると言って、ドタドタとロッカーの方へ走って行った。
ゆっくり話したり、言葉をシンプルにしたり、イラストで示したり、ときには小さいルール違反を見逃したり。さまざまな利用者とコミュニケーションを取るためには、マニュアルにはない対応が毎日のように求められる。
それがわたしにはできないと思ったから、本を相手にする仕事ならできると思ったから、図書館で働くことに決めたのに、気づいたらなかなか濃いめの人間を相手に働いていて、しかも最近では、こちらの誠意が通じるときすらある。
きっとこれから分館に異動したらできないことの方が多いし、砂漠では一番に干からびるし、宇宙人には人体実験されるし、地震がきても津波がきても痴漢に襲われても熊に襲われても助かる自信はまったくない。
けれど有事には役に立たない小さな力が、名前も知らない顔もすぐ忘れる人たちの暮らしを、ほんのちょっぴり照らすこともある。今ようやく、そんなふうに思えるようになった。
vol.85
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