きっかけは直感 #書もつ
爽やかで風を感じるような港町での光景と、想像力を掻き立てる人物の描写、どんな話なんだろうと思いながら、のんびりと進んでいく。
毎週木曜日には、読んだ本のことを書いています。
この作家さん、ほかの作品にも共通しているのは、物語にひきこむうまさ。読み手の日常から、いつの間にか非現実の物語の世界にいる。
冒頭、港のそばの公園から、少し街なかに入ったお店がこの物語の舞台だった。読み終えてから言うのも卑怯だが、第2章に入った時、僕は何ともいえない違和感のようなものを感じていた。しかし、それはあっという間に消えてしまい、物語に没頭している。
キッチン風見鶏
森沢明夫
一人の若者が仕事を通して、夢への挑戦を通じて、成長していく話だった。成長といっても、知識を得て、責任感のある判断ができるようになるという”よくある成長観”ではない。自分を改めて見つめ直すとともに、自分のもつ役割を認識し、実践していくという、かなり精神的な成長というか納得のようなものが描かれていた。かなり特殊だと思った。
しかし、さらさらと読み進めやすいのは、作家のもつ感性の滑らかさによるものだろう。余計な描写も、複雑な伏線もない。素直に書いて、そして素直に読むことができる。
設定上、読み手には知らされていない事実もあるけれど、終盤でそれを知っても納得感があった。読み手の好奇心を刺激しつつも、やや複雑な設定にしておくことで冷静さを保ったまま物語を楽しめるのかもしれない。
この作品には、幽霊が出る。幽霊が見える人たちが出てくる。
きっと身近にそんな人がいたら、相手のことは信じたいけれど、幽霊は信じたくない、そんな風に考えて、作中にあったように“周囲の人々”らしく離れていってしまうだろう。世の中に、そういう能力を持った人はどのくらいいるのだろうか。
この作品を読んで、自分のことを守ってくれている霊について考えてみたくなった。怪我や病気をしないのは、その幽霊のおかげなのかもしれない。そう考えると、人間と幽霊の境目もどんなふうになっているのか気になってしまう。
緩やかに、しかし確実に進む時間を楽しみながら、物語を読み終えることができた。作家が、物語を全部知っているからか、読み手が踊らされてしまうのが悔しくて嬉しい。
小説って、こういう楽しさあるよね、に気がつく作品だった。読み始めに感じたはずの違和感の正体は、実はかなり重要なサインだったのかもと思える読み終わりだった。
ただ、ネタバレになってしまうので「いったい何だったのだろうか」ということにしたい。