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日本の美は、版画にあるのか #書もつ

訛りのある声が耳に届くたびに、あぁこれはすごい、と思った。

自分の声だけで脳内再生される読書を続けていると、誰かの声で読まれる物語が懐かしく、また新鮮に感じられる。それは、幼い頃に読み聞かせてもらった記憶なのかもしれない。それとも今まで耳から意識的に音を取り入れていなかったのか。

いや、そんなことはない。僕は、中高大と音楽系の部活やサークルにいたし、大人になってからの学習傾向も聴覚優位だと自覚している。

物語の力は、言葉遣いだとか展開、あるいは景色の美しさなのだろうと思う。

読めば読むほど面白くなって、主人公に感情移入していく作品もあれば、近づくのが怖くてずっと遠くから眺めていたはずなのに、気がついたら背後に犯人が立っているような感覚に陥るものもある。

とにかく、面白い物語には読み手を引きつける力のようなものがある。それに引きつけられてしまった読み手は、それを読み終えるまで頭のどこかに物語が続いていて、ページを閉じると登場人物たちの動きが止まり、また開くと彼らが動き出すといった感覚がある。

聴く読書の醍醐味は、誰かに読んでもらっている、ということだ。自分で読まなくていい。

紙の本を読むときには、手と目を奪われてしまう。しかし、耳なら手と目はほかのこともできる。とはいえ、いつの間にか物語に引き込まれてしまうから、やはり僕はこの作家が好きなのだろう。

板上に咲く MUNAKATA:Beyond Van Gogh
原田マハ

聴く読書で、久しぶりのマハ作品。朗読は渡辺えり(ご本人は山形県の出身であった)。読み手は、方言が文字で表されているとき、頭の中で再生するとその音の高低が分からず、読み辛さのようなものを感じてしまうことがあるが、声があればしっくりくる。すっと入ってくる。

あなたは、棟方志功を知っているだろうか。

幸いにして、僕の父が版画を好んでいたこともあってか、僕は幼い頃からその名前も、作品も知っていた。とはいえ、作品名や全体を知っているわけではなく、あの特徴的な版画ね、くらいのものだったけれど。

いまはやめてしまったけれど、父は年賀状に版画を刷っていた。毎年、ゴム板を買ってきては、来年の干支を描いて彫っていた。それに感化されて、僕も小学生になると、指を血だらけにしながらゴム板を彫っていた。数年間は、その版画年賀状を出していたはずだ。高校生のときに、部活の同期から「あの版画の年賀状、好きなんだよ」と言われたのが、何よりも嬉しかった。

棟方志功が、その芸術的インスピレーションを受けたのが、オランダの画家、ゴッホであった。雑誌で見かけたゴッホのひまわりを、切り抜いて聖画のように部屋に飾っていたらしい。この物語の全編を通じて、ゴッホのひまわりが象徴的に描かれていく。「わだば、ゴッホになる!」と叫ぶシーンは、ひまわりの圧倒的な光を希求する芸術家としての強い願いがこもっていた。

読み手は次第に、日本の美のようなものを、海外の真似ではない、彼の信じた道が見えてくる。ひたむきな生き様と、薄い光の中を一生懸命に進む彼の姿に、涙がこぼれてしまう瞬間がある。

この物語の主人公は、実は志功本人ではない。創作に命を賭した夫を支えた妻が主人公だ。妻の見た棟方志功が、しっかりとはっきりと描かれている。

語り手の渡辺の声が、まさに主人公であった。違和感のない語り口調、がっつり訛る方言も交えて暖かく、そしてかたくなである。架空の存在が自由に動き回る作品と違って、実在する人物がいる物語には、ふだんとは違う説得力があった。

戦禍に惑いつつも、芸術を諦めなかった棟方の飄々と見えた生き方は、当時は白い目で見られただろう。当時の様子などまったく知らない僕からしたら、運良く生きているように見えたけれど、生きるも死ぬも紙一重の社会で、自分や妻、そして子どもたちを守るために、それこそ必死だったはずだ。

時代を反映した場面として、戦争だけでなく、民藝の動きも鮮やかに描かれている。棟方の作品が、民藝の立役者である柳宗理や、益子焼の大家・浜田庄司などに発見されるシーンは、現場にいるかのように臨場感と喜びに満ちていた。原田マハによる「リーチ先生」も民藝を扱った秀作であり、読み手はその物語を思い出しては胸を熱くさせていた。

この作家の作品の共通点に、現在の様子などから始まって、物語の主要な部分は回想シーンになることがある。読み手はそれをわかっているはずなのに、終盤で現在に戻ったりすると夢から覚めたような感覚になる。

断片的なはずの記憶がストーリーとなって、鮮やかに思い出されることは、きっと多くの読み手が少なからず持っている経験だろう。あの時の判断がなければ、あの時にあの人と出会わなければ、あの時にこう言っていたから、さまざまな思いが去来した。

はっきりと分かった。
僕は版画が好きなのだ。

何かウズウズする感覚は、棟方志功の作品を観たいと思うのもあったが、版画を刷りたいと思う気持ちでもあるようだ。




棟方の作品を彷彿とさせる白と黒のサムネイル、版を彫る手元は力強さと緊張感があります。infocusさんありがとうございます!


#推薦図書 #版画 #原田マハ #アート小説 #棟方志功 #渡辺えり


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