はたらく、たべる、生きていく #書もつ
地方公務員の多岐にわたる仕事の中に、医療従事者の免許の交付や書換えの受付業務がある。
数年前、それを担当する部署にいて、医師免許をはじめとして、看護師や薬剤師の免許交付の代行をした。免許、とはいえ表彰状のような見た目だ。
それぞれの免許には、交付した省庁の大臣や都道府県の知事の名前が記されていた。中には、知事の名前が紙面のどの文字よりも大きく、いったい誰のための免許かと思うこともあった。
一年を通して、もっとも取り扱いが多かったのは、看護師免許だった。試験に合格した、結婚した、あるいはその反対、人生の変わり目に立ったとき、その免許に載せる名前が変わるのだ。
初めての交付の時には、大抵「おめでとうございます」と告げる。それまで事務的なことを話していたのに、同じトーンでおめでとうと言われて、キョトンとする方もいた。
ナース服を着てないと、どの人も普通の人に見えた。
ナースの卯月に視えるもの
秋谷りんこ
初めてこの作品に出会ったのは、昨年の創作大賞の応募期間の終わり間近だった。僕が読みたい方の作品を読んで感想を書く、を繰り返していた時期だった。残り少ない応募期間で、どれだけ書けるか、みたいなことを自分に課していた。
当然、いつも交流がある方から読んでいくから、そもそも知らない人の作品は読まないし、タイトルから連想したホラー界隈(昨年は募集なし)は苦手だった。
あの人のオススメだし、少しだけ読んでみるか、とページを開いて視線を落とすと、そのまま終わりまで読み切ってしまった。
当時、子どもが生まれて3ヶ月、病院がとても近い存在にあったからか、鮮やかに映像が浮かぶようだった。
このたび書籍となって、改めて読んでみると、覚えていた物語をなぞるというよりも、真新しい物語の中に、あの時のエピソードが滲んでいるような感覚だった。そのくらい、人も景色も増えていた。
物語そのものの視野が広がって、卯月という人間がどんな人間であるかをより感じさせるような、看護師という仕事を丁寧に見せてくれるような作品になっていた。やはり頭の中で、映像が浮かんだ。
卯月は、仕事が終わりひと息つくとき、そこに食事があった。僕も、社会人になってから、友人と仕事終わりにお寿司屋さんに行ったり、仕事ではなくカラオケで朝までオールした後にマックに寄ったりした思い出があった。
その時のお腹と心が満たされていく感じは覚えている。仕事の場面の緻密さと相まって、食べ物にまつわるシーンが、明も暗も鮮やかで温度が伝わってくるような場面が多くあった。
失ってしまった存在と、変わってしまった自分に気がつき、寂しさを募らせている主人公の気持ちが、この食事によく表れていた。ここを読んだとき、思わずため息が溢れた。
ページを繰りながら、例えば自分の仕事を描いたとき、こんなに丁寧に描写できるのかな、と思ってしまった。
そのくらい丁寧に書かれていて、読み手側の視点もあった。専門用語にはちゃんと説明がついて、でもそれが違和感なく卯月の語り口と合っていた。
これは主人公が悩んで悔やんで喜んで成長していく物語でもあるけれど、読み手は必ずしも主人公には重ならないだろう。
仕事をしている人は、自分はどの人物と重なるだろうか考えるかも知れない。それは、同僚としての看護師側の人物かも知れないし、あるいは思いのほか若い年齢だなと思わせられた患者側の人物かも知れない。
季節の移ろいが感じられない病院内と、卯月が体感する季節感の対比がどの章でも読み手を助けてくれた。
季節が巡ること、そしてそれを感じられることだけで、幸せなんだなぁと思う。
秋谷さんの持つ貴重な経験が、物語の背骨となって、説得力があった。卯月の目を通して見えているものを、一緒に見つめているような気がするほどに、僕は没入していた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました! サポートは、僕だけでなく家族で喜びます!