【小説】どうでもいいか【ショート】
私は小学校に上がるまで、あまり言葉を話さなかった。
なぜかって、私が話すと視線が集まるから。
その視線から声が聞こえた。
変な声
はっきり喋ろよ
何言ってるかわかんない
声が小さい
声が聞こえる事の恐怖よりも視線のほうが怖かった。
私を見ないでほしい。
私が人の視線に慣れてないのは、幼児教育というものを体験していないからだと思う。
放置子だったから、日中は近くの森で過ごした。
お腹が空いたら森にある何かを食べていたと思う。もしかしたら家に戻って腹ごしらえをして、また森に戻っていたのかもしれない。だけど森で何かしら食べてはいたとは思う。あの森の遠い記憶に酸っぱい何かが口の中に繊維として残ってるからだ。
森での遊びは楽しかったけど、飽きていた。
そんな時、ささい君に出逢った。
ささい君は私のひとつ下
ささい君は言葉が話せなかった
私は話さないだけだけど、ささいくんはガチのやつだった
私はささい君が気に入ってしまった。好きになってしまった。
これが私の初恋。
ささい君の前なら言葉を話せた。
私を見てほしいと思った。
団地の中庭に植えてあるアジサイの花をちぎって耳にかけた。
ささい君に
「きれい?」
って訊いたら困った顔をした。
何度もささい君に
「きれい?」
って訊いた。
だけどささい君は困った顔をするだけだった。
腹が立ってささい君の頬っぺにキスをした。
ささい君は頬っぺたを手で拭った。
それを母親に見られた。
カマキリみたいな顔して怒ってた。
アジサイの花を捨てた。
宝石に見えた花が、どうでもいい花、になった。
小学生になり、言葉を話さない私は『言葉の教室』に通った。
ふたつ上の姉も通っていた。
私は話さないだけだったけど、姉はガチのやつだった。
言葉の教室の先生ってすごいと思った。
「なんで話せるのに話さないの?」
ちゃんと私を見抜いてた。
そう、私はただ話さなかっただけなのだ。
私は話せる。
先生の言葉に私は話せるんだと、ちゃんと認識した。
それから声は聞こえなくなった。視線なんてどうでもいいか、と思えるようになった。
小学校では自分の髪の毛を抜く癖がある正吾君を好きになった。正吾君の頭はまだら模様だったけど、正吾君の弟の頭には模様はなかった。
「そんな風に私たちは出逢いましたよね」
目の前に置いてあるアジサイの鉢植えの花をちぎって耳にかけた。
カウンター越しにいる『なんのはなしです課』のささいさんはキョトンとして