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エッセイ「白黒付けたい」
2024年2月1日、夕
仕事帰りにハッキリしない猫を見た。濃い灰色のその子は私の視界右端から道路の真ん中辺りまで駆け出て来てピタリと止まった。どうやら行き交う車に驚いたらしい。歩行者の多い市街地なので皆 徐行とも言える速度で通過しているのだが、それにしても、猫よ。もう少し手前で驚いた方が良いのではないだろうか。私の鈍臭さも人間界では一級品だが、そんな私に言われるのだからよっぽどだ。心の中で「もし私が猫だったら」と想像しながら目線はまだ動く気配のない毛玉をとらえ続ける。
数秒が過ぎた頃、ふと思う。ひょっとして、あの子は「黒猫」なのではないだろうか。第一印象では「濃い灰色」と認識したが、濃さの程度によって灰色は「黒」にも近づく。あの猫を「黒猫」と言う人がいてもおかしくない。ここまで考えて急に心臓がドキドキし始める。私は今、黒猫に目の前を横切られるか否かの瀬戸際にいるのだ。
「黒猫が目の前を横切ると不幸なことが起こる」という迷信を誰でも聞いたことがあるだろう。「迷信」と言う通り、決して信じるに値するようなものではないのだが、それでも何となく嫌な気がしてしまうのだから馬鹿にできない。あの子を黒猫と認めるか、それとも灰色猫とするか。今日一番の重大な問題だ。もし黒猫という結論が出るなら、あの子にはこのまま引き返してもらわなければならない。そのまま突っ切ろうとするならば、私が背を向けるしかない。黒か、灰色か。黒に近い気がする。と言うか何だかどんどん黒く見えてくる。落ち着け、落ち着こう。君は一体どっちなんだ、ハッキリしたまえ!
私の思いが届いたのか、次の瞬間 ハッと我に帰ったように動き出す猫。影が視界の右端へと戻って行く。良かった、どちらにせよセーフだ。ギリギリのところで生き延びた私はホッと胸を撫で下ろす。しかし、何故だかやっぱりスッキリしない。小骨が喉に引っかかっているようなモヤモヤが尾を引く。これならいっそのこと目の前を横切られた方が良かったのではないか。そうすれば「きっとあの猫は黒くなかった」と自分に言い聞かすことができただろうし、今みたいに「結局あの子は何色なのか」と考え続けることはなかっただろう。そもそも道路を渡ろうとしていたのに途中で引き返すこと自体がハッキリしない。渡るならサッと渡れば良いし、渡らないなら最初から渡らないでくれ。世の野良猫たちにお願いしたい。私がこれ以上無駄に悩まず済むように。