『全自慰文掲載 又は、個人情報の向こう側 又は、故意ではなく本当に失敗し、この世の全ての人間から失望されるために作られた唯一の小説』その8
Ⅰ-2-1
気を失った、と思ったら、その病棟のホールに、いるではないか。
はい。
ええ。
……恥ずかしいですよ、ちゃんと。
ベッタベタですから、そりゃ。
その病棟のホール、というのか、病棟の待合室? というのか、ええい、もう知らん、正式名称などは知らんが、そこで、姉夫婦が肩を抱き合って、しくしく泣いている姿を、発見したのである。
……だから、恥ずかしいですよ、ちゃんと。
ベタ過ぎますから、そりゃ。
父と母の姿はない。
自分は、自分の病室に戻らなければ迷惑になる、と本気で思い、自分の本体が寝ている病室まで、飛んで行った。
実際、臨死体験における体外離脱中は、ミニチュアの模型のように、その病棟内の構造が、スケルトンのように透けて見えるのである。
……はい、はい。
そうですよ、そりゃ。
……言いたかないですよ、こんな、ベタな説明なんて。
でも、……事実なんだよなぁ、ちくしょう、ってことですよ。
戻ってみると、チューブや輸血バックだけでない、名称の分からない様々な医療器具に繋がれた自分の肉体があり、ひょんなタイミング、看護婦二人がかりで、自分の身体を拭いたり、自分の髪を洗っている最中であった。
――ああ、だから、姉夫婦二人も、待合室的な場所にいたのか。
いわば、お風呂の時間だったのか、自分が。
恥ずかしいの、的中じゃん。
見ないでくれ、って。触れないでくれ、って。
しかも、空中から見ると、自分の隣の個室には、交通事故で同じく意識不明になったと思われる、40後半ぐらいかな? そのくらいの、女性の患者がいるではないか。
恐らく、自分の次に、体中や髪の毛を拭かれるのだろう。
……いや、さすがに、ない、とは思うよ?
……あんな三途の川的な臨死体験と、その後の悪夢的な体験をしておいて、勃起、することはないよ、さすがに。
でも、嫌なんだって。
本当に、嫌なんだって。
髭は伸びるかもしんねーし、にきびが出来るかもしんねーじゃんか。
それを、発見される、死ぬほど、嫌なんだって。
自分の肉体に、戻りたくねぇ。
そう思っていたら、――やっぱり、辺りが真っ暗闇になった。
次の瞬間、……いや、ほんと、恥ずかしい、いやもう、ほんと、逆に作為的なんじゃないか、ってぐらい、恥ずかしいんわけだけど、例の、三途の川の、朗らかな光景と、再び出くわした。
前回とほとんど変わらない光景である。
変わったポイントとしては、背後の、葛飾北斎さんの、『神奈川沖浪裏』だっけか、あれの波の、人垣バージョンの人垣津波が、前回より、より大きくなっているぐらいか。
まずいなぁ。
これは、――本当に、現実の、自分の肉体に、にきびが、ぷつっ、と出来てもおかしくないぞ。
前回、といえば、喉を刺したから声が出せないことと、オナニー的な回答では、この三途の川を渡れないことだけは、馬鹿でも学習した自分がいる。
今度こそ、渡りたい。
向こう側に、行きたい。
だが、――どう答えても、それはオナニズムな気がしてくるんだよなぁ。
どう答えても、自分勝手さに結びついている気がしてくる。
逆に、この場合、「渡りたいです」と言わないことぐらいしか、正解がないのかもしれないなぁ。
仙道役(「船頭役」の誤変換だって、いい加減、学習しろよ、自分)の二人が、例の如く、
「こちら、『三途の川コンプライアンス委員会』です。――では、アピールの方、どうぞ」
と言い出した。
それに対して、自分はにこっと笑い、
「ここの、三途の川のゴミ拾いを、しばらく、していよう、と思います」
と声にならない声で、返した。
Ⅰ-2-2
今回は、SⅬ的な汽車シーンはなく、人っとび(「一飛び」の誤変換)で、自室に移行してている自分がいた。
永遠の日曜日。
クーラー、かかりっぱなし。
操作できない自分の肉体の上に、大量の精液が沁みついたゴミと、浮浪者のおじさんが、乗っかっている。
そして、自分の片方の金玉に、一台のスマホに繋がっている充電ケーブルがぶっ刺さっている。
ピンポーン、と鳴る。
例の、この部屋を「空き家」として活用する、と電話で豪語していた男の若者が、いや、若者の男が、の方が文法上正しいのか、まぁいいか、とにかく、その男が、ある宅配業者から、軽量の段ボール一箱と、軽量だがやや大きめの段ボール一箱、この二つを受け取るシーンだけが、なぜか、鮮明に見えるのである。
「じゃあ、ここにサイン、お願いします」
「はい」
その若者が、軽量の薄い細長の段ボール持って、階段を上がり、部屋にがちゃっと入って、どさっと置いた。
そして、もう一回、いや、もう一度、か、玄関に戻り、もう一つの、軽量だがやや大きめの段ボールも、部屋に運んできた。
男は、軽量の薄い細長の段ボールの方を開けた。
開けてみると、――一面の大麻草の苗だ。それは、形状からしたら、もうこの段階で、ほとんど出来上がっている。
いや、違う。
いや、全然、違う、でたらめですよ、こんなのは。
本当の大麻草について、自分は、全く知らないんだから。
だから、ここで大麻草と認識している草花は、ただの、自分の脳が作り上げた、勝手なイメージなんだろう。
……そもそもさ、草花とか、人間とか、動物とか、建築物とか、とにかく、世界に対する愛情が、全くない人間だから、モノの名称を知らないし、覚えないねぇんだよ、きっと、自分は。
そんな人間が、小説の描写なんて、出来るわけないじゃん。
モノを描写するなんて、向いているわけねぇじゃん。
描写するべき対象に、愛情がねぇんだから、まるっきり。
ともかく、それらのほとんど出来上がっている苗を、――ん? よくよく部屋を見てみると、前回、近所の人に指摘された通り、いつの間にか、床下浸水が進み、――いや、分かるよ? うん、例の三途の川から始まった人垣津波が膨大化していくことと、この部屋の床下浸水が進むことと、どういう関係があるんだい? やきもちするんだけど? とは、自分自身も、思っているさ。
でも、分からないんですよ、自分でも。
ま、分かったとこで、ロクな価値はねぇんだけど、もう、フィクションとしては。
ともかく、その苗を、ほぼ水浸しなっている、部屋の至る所に置き始め、結果的に、自分の肉体の上に寝込んでいる浮浪者を囲むように置かれていった。
ひとしきり作業を終えると、その段ボールを平行四辺形に解体し、浮浪者のおじさんの顔の周りに被せてから、
「――こうしてみると、キルケゴールのいう神人としてのキリストだな、この浮浪者は」
と意味不明なことを呟いた後、自分の金玉で充電していたスマホを取り上げ、あ、痛い‼ 誰かと会話をし始めた。
「もしもし。はい、設置完了しました。例の、オナニストたちの部屋です。いや、心配要らないと思いますよ。1982年生まれ移行の世代は、だいたいオナニストなんで。どんどん『恥ずかしいゴミ』の捨て場所として流行ると思います、この空き家。サイドビジネスの大麻草の売買も含めてね。あ、勿論、今度いらっしゃる時は、管理費、ちゃんと払って下さいよ? そこは、よろしくお願いしますね」
そう言って、電話を切った。
……さっきから思っていたこと。
……なんか、逆に、恥ずいな。
……なんだろう、むしろ誤変換がないことが、恥ずかしいわ。
精液とか、金玉とか、大麻とか、水浸し、とか、なんか、そういう類の言語の変換のみ、使い慣れている感じがして、逆に、恥ずい、うん。
一仕事を終えたらしいその男は、もう一つの、軽量だがやや大きめの段ボール一箱を開封し出した。
それは、超小型冷蔵庫だ。
男は、その超小型冷蔵庫を、自分の部屋でいうところの、奥まった位置にあるクローゼットの中に隠すように置いた後、
「――このぐらい、極端なクーラーの最低温度ならば、この冷蔵庫は、電源を入れなくても機能するだろう。そこに、大麻草とテキーラをミキサーにかけて、キンキンに冷やした、大麻草ドリンクを作り、ここに補完(「保管」)して置こう。ふふふ。俺だけの、俺だけのための、楽しみだ。俺は、我慢して、我慢して、後から味わう派だからなぁ」
などと言って、自分もよく知らない、その大麻草ドリンクとやらを、この部屋の、パソコンが置いてあるテーブルの上に置いてあるシュレッダーを使って、作り始めた。
そして、
「次、来るのが楽しみだよ」
と言って、出来上がった大麻草ドリンクを、コップに移し、その超小型冷蔵庫に入れて、部屋を出ていった。
なぜシュレッダーを使う必要があるのか、なぜ、そういう過程で大麻草ドリンクというカクテルが出来るのか、に関してはもう全く分からないし、誰も説明を望んでいないから、いいや。
『次の駅は、――元・自室、元・自室。『恥ずかしいゴミ』をお持ちの方、『エントロピーとしてのストレス』をお持ちの方は、お降り下さい』
という、例の女性のアナウンスが。
次の来訪者は、エレベーターで、ちん、と降りてきた。
いや、ドア開けるんちゃうんかい。
列車、という態なのに。駅、という態なのに。急に、エレベーターのドアって。
スーツ姿の若い男性二人である。
「お! 本当に、喫煙所、あるじゃん! 珍しいぜ、今時」
「ですね。クーラーも、効いてますしね」
どこが、喫煙所に値するスポットなんだい?
え、もしかして、平行四辺形の段ボールを被った浮浪者のおじさんの顔面が「喫煙所」ってことかい? 無理あるって、その設定。
そいつらは、アイコスではなく、胸ポケットから、ボックスタイプの、件と(「kent」の誤変換)の9mmを取り出し、お互い、一本筒(「づつ」の誤変換と思いつつ、その「づつ」自体、本当は「ずつ」の誤字)、ライターをつけて、吸いながら、以下のような雑談を始めた。
「ていうかさ、ウメハラさんが言っていることってさ、理解できても納得は出来ないよな、俺らからしたらさ」と、Aの男。
「そうですね。あの配信上では、無理くり、話、丸め込まれちゃいましたけど、そう思いますよ。こっちが言っているのは感情論ですからね」とBの男。
そいつらが、浮浪者のおじさんの顔に、ぽんぽん、とたばこの肺(「灰」の誤変換)を落とすたびに、浮浪者のおじさんを通して、ちらちらと、たばこの肺(「灰」の誤変換)が、細雪のように、自分の顔や体にも降ってくる。
「――そりゃ、一般社会に比べて、俺らプロゲーマーは好きなこと、やってるさ。だからこそ、どんな誹謗中傷も甘んじて受けなければならない、というのは、理屈としては分かるし、『誹謗中傷のない1万人の大会と、誹謗中傷があるけど10万人の大会、どっちに出たいですか?』っていう返しは、見事だと思うけどさ…」
「今、ジャニーズ問題とか、宝塚問題とか、ありますもんね?」
「そうなんだよ。実際、そういう労働環境でさ、実際の自殺者が出たら、どうすんの? というレベルで考えたら、ウメハラさんの論理は、論理のための論理で、情がねぇよな?」
「ですねぇ」この時点で、二人は、二本目のたばこまで、いっている。「大体、ウメハラさんって、『俺も昔はそうだった』って、定型文みたいに、使うじゃないですか?」
「ああ、よく使ってるな、確かに」
「でも、正直、恋愛、結婚、家庭生活を含めると、そんなに俺ら若者よりも『社会経験』って実はないんじゃないか、って思うんですよ」
「俺もそう思ってた」
「それなのに、人生の全てを達観しているかのような『俺も昔はそうだった』発言を、よく言えるなぁ、とも思うんですよね」
「超分かる! ほんと、そういうとこなんだよなぁ」
最後の吸い殻を、浮浪者のおじさんの顔にこすりつけて、潰して、
「ああ、すっきりした。じゃ、そろそろ、行くか」
と言って、二人は、この部屋を、なぜか、エレベーターで、出て行ってしまった。
『二階の、「元・自室」に起こし(「お越し」の誤変換)のお客様へ、申し上げます。人垣津波警報です。その部屋にいる人は、人垣津波に巻き込まれる恐れがあります。一刻も早く、命を守る坑道(「行動」の誤変換)をしてください』
また、誰かわからん、女性の声のアナウンス。
『迷子のご案内、申し上げます。プレイリスト「インストゥルメンタル」、の方~。①、tommy guerrero-No Mans Ⅼand〔full album]、②、抒情的なアンビエント・エレクトロニカ集(インストゥルメンタル)、③【4k】茅ヶ岳(山梨県)morning forest asmr.
No.talk.【歩く音】、④すげえ喋る作業用BGM、⑤【実演枠】テイルズオブベルセリアrta【テイルズオブRTAリレー】、の方、いっしゃいませんか~?』
ああ、止めて、止めて、止めて!!
今すぐ、止めて!!
色んな誤解が生まれるし、迷惑、かかるから!!
特に、④から、超恥ずかしいって‼
「インストゥルメンタル」ですら、ねーじゃん‼
もう、人の声、恋しくなっちゃってるの、バレバレじゃん‼
一人で自殺しよう、とした奴が、こんな、人の声がないと、ろくに眠れない寂しがり屋でした、ってモロバレじゃねぇかよ、恥ずかしい‼
――それにしても、④のゲームのRTAをしている、y braster さんってゲーマーの方の声、マジでメッチャ、イケボなんだよなぁ。
不思議だなぁ。
なんで、睡眠用BGMって、自分、ゲイでもないのに、圧倒的に、女性のきれいな声より、男性の低い声の方が、圧倒的に、落ち着くんだろう?
……いや、それよりも、だ。
……それよりも、こうやってさ、なんやかんや、脱線しながらもさ、どこか、「物語」としての形をつけよう、とか、ちゃんとまとまって欲しい、という意識が、この期に及んで、働いていることの方が、よっぽど恥ずかしいだろうが!!
もっと、めちゃくちゃになれよ‼
もっと、辻褄が合わせねぇような感じになれや‼
この、低能が‼
捨てちまえや‼
この、臨死体験、からの、三途の川、からの、悪夢の自室、みてぇな、まとまりをつけよう、みてぇな、なんやかんや、少し、読み物として成立してますよ、みてぇな、クソみてぇな、優等生的な流れなんて!
意図的に失敗しました、みたいな、言い訳の余白、残そうとしてんじゃねぇよ、お前‼
ドンドンドン!
うるせぇって、だから‼
『すみませーん! 近所のモノ(「者」の誤変換)ですけど、本当に、洗濯物、入れなくて、いいんですか⁉
話だけでも、聞いてもらえませんかね⁉
というのもね、室外機からの液体により水位が上がっていることも問題なんですが、匂いの方もね、酷いんですよ!
何か、人間の腐った匂いと何かの植物のきつい匂いが混じったような変な匂いがする、って近所で話題になっているんですよ!
もう一度、言いますよ⁉
これだけ言っても、話を聞いて頂けない、ってなると、申し訳ないですけど、警察の方に、連絡しますよ⁉
いんですね、それでも⁉』
――もう、いいよ、どうでも。
もっと、捨てにこいよ、皆のごみを。
もっと捨てに来いよ、皆のストレスを。
ゴミ拾い、じゃねぇや。
ゴミ箱そのものになることが、今の自分に出来る、罪滅ぼしだから。