19歳にもなって誘拐されかけた話
入社2年目の夏
夏のケーキ屋の売り上げはあまり良くない
今日も暇だなあなんて思いながら事務作業に励んでいると電話が鳴った
「またいたずらですかね」
アルバイトの女の子が心配そうに話しかけてくる
ここ1ヶ月程店舗にいたずら電話が相次いでいた
社員が店長と私しかいない小さな店舗の為、基本的に電話に出るのは私だ
「いい加減やめて欲しいわ」
すっかり慣れっこになっていた私は
「はい〇〇店〇〇でございます」
といつもの通り電話に出た
「〇〇さん〇〇さん!俺の※※舐めてください」
ガチャ
今月に入って何回目になるんだろう
「またいたずらやったわー!」
コンビニ行ってきたわくらいのテンションで私が話すと
「最近最初より多くないですか?」
とアルバイトの女の子も呆れていた
電話の頻度が増えるのに比例して私の心は徐々に慣れていった
そんなある日のこと
「こんにちはー!」
50代前後の男性が店を訪ねてきた
「いらっしゃいませ」
「僕はねー!〇〇県から来たんだけど外から見てとっても綺麗な商品が並んでたからつい気になって入ってしまったんだよ」
「ありがとうございます!」
そんなやり取りをしながら席に案内した
「このケーキと〇〇さんのおすすめの紅茶を飲もうかな?」
のちにこの台詞がこの事件の始まりの合図だったなどとは到底思わなかった私は紅茶を淹れるためにお湯を沸かしどの紅茶がケーキに合うかなぁなどと呑気に考えていたのである
それは商品を提供し終わり暇だし事務作業でもしようかと考えていた時である
「うわあああああああああああ」
トイレから叫び声が聞こえた
「お客様!?どうされましたか!?」
半分パニックになりながらトイレのドアをノックすると扉が開き中からずぶ濡れの男が現れた
「トイレから水が漏れてきた!!!!」
先程〇〇県から来たと言っていた男性がトイレでそう叫んでいた
「大変申し訳ございません!!!!!」
すぐにタオルを準備したが思っている以上にびしょ濡れだった
「〇〇ちゃん、どの店舗でも良いから店長がいる店に電話してくれる?繋がったら私に変わってね、シフト表は引き出しにあるよ」
出来るだけ冷静に対応したが喉から心臓が出るくらいドキドキしてパニックだった
「申し訳ございません申し訳ございません」
19歳の私には謝る事しか出来なかった
アルバイトさんが本店に電話してくれたので私は本店の店長に事情を説明した
「お前が替えの服買ってきて、上下やから予算は〇万円(昔のことで忘れた)ちゃんと謝罪してお客様にはお店で待ってもらって」
男性店長だった為淡々と対応してくれたのが幸いし、私は冷静さを取り戻す事が出来た
ずぶ濡れの男性(巨漢男としよう)に事情を説明すると
「僕は体が大きいでしょ?サイズの合う服が難しいから僕も一緒に行っても良い?」との返事があった
今の私ならここで不審に思うのだが何度も言うが19歳の純粋な私は何の疑問も持たず本店に連絡した
「お前が出たらそっちの店舗に社員おらんくなるやん、分かったこっち人余ってるから俺がその人と服買いに行くわ。」
電話を切った後5分ほどで店長が到着した
「本店の店長の〇〇で、、、、」
「〇〇さん!誰この人!!!!!!」
巨漢男が私に向かって叫んだ
「君!こっちに来なさい!!!!」
外に連れ出される店長
外で怒鳴られる店長
何が起こったのか分からない従業員達
15分ほど話をした後に店長に呼び出された私は「お前を指定してきたからお前が行って。ただ怪しいからほんまは〇万までやけど1万だけ持って行ってな」
「すぐ電話繋がるようにしといて」
と言いかなり不機嫌そうにしていた
「分かりました、行ってきます」
少し不安だったがまだ完全に疑っていない純粋な私は巨漢男と昼の街へと繰り出したのである
「本当に申し訳ございませんでした」
私が謝ると巨漢男は微笑みながら
「さっきはびっくりさせてごめんね、〇〇さんは悪く無いからね?怖がらないで」と言った
「私は男性ブランドとかよく分からないのでとりあえずどこか入りますか?」と尋ねると
「服が乾いてないからねぇ、もう少し歩いてみよう」
と意味の分からない提案をされた
そんなこんなで歩く事30分
流石に疲れて来た頃にずっと携帯が鳴っていた事に気がついた
「すみません、店舗から電話なので出ますね」
「〇〇さん!出なくて良い!!!」
そう言われたが私は純粋な19歳
店長の言いつけを守り電話に出た
ちなみにこの時まだこの人が怪しいとは思っていなかった
私が可愛いから長く一緒にいたいのだと思っていたし(筋金入りのナルシスト)
店に入らないのは実はこの人も服屋さんを知らないんだと思っていた
これは昔から街中や電車でおじさんに話しかけられた事が影響している
同世代には全くモテなかったが、、、、
お陰でおじさんキラーと呼ばれていた
本当に無知は怖い
着信は今日休みの私の店舗の店長からだった
「〇〇、落ち着いて聞いて???その人詐欺師やねん」
「へぇーそうなんですかー!」
妙に冷静だった私は驚きもせずに答えた
今思えば何がそうなんですかなのかと思うが19歳とはそういうものだ
「今から〇〇マネージャーがそっちに向かうから出来るだけ人通りの多いところに行って?今どこ?」
この時私は本当に馬鹿なミスを犯す
方向音痴だった私は地元にも関わらず今いる場所が分からずあろう事が巨漢男(詐欺師)に
「今って私たちどこにいます?」と聞いてしまったのだ
「〇〇さん!電話切って!!!」
詐欺師に怒られた私はびっくりして電話を切ってしまった
「とりあえずこっちに行こう」
巨漢男は小走りで路地へと入った
慌てて追いかける私
後にこの話を聞いた店長達は「なんで追いかけるねん」と全員首を傾げていたという
追いかけながら携帯を見ると着信が止まらない
私は走りながら電話に出て「今〇〇当たり(ちょうど私の知っている建物があった)です!」と叫んだ
巨漢男は走る
もう私すらまこうと必死に走る
なぜか追いかける私
私は脳筋単細胞女
逃げるから追いかけるのだ
どうにかこうにかマネージャーと巡り会えた時には汗だくで息切れを起こしていた
「後は任せて〇〇は帰って」
マネージャーに言われて分かりましたと言い私は我に返った
帰り道が分からない
仕方がないので店長に迎えに来てもらった
店に帰り心配されつつも根掘り葉掘り質問攻めにあった
ことの重大さにあまり気がついていない私はヘラヘラしながら状況を説明した
店舗のトイレから水が漏れていたのは偶然ではなく管に穴が開けられていたらしい(うろ覚え)
おそらく巨漢男の仕業だろう
巨漢男の目的が私だったのか金銭を巻き上げたかったのかは分からない
ただイタズラ電話はぴたりと止んだ
それも偶然だったのかは分からない
その後この噂は瞬く間に広まった
と思っていたが誰も話を聞いてこない
不思議に思っていたある日のこと1つ下の後輩がすごく恐る恐る、申し訳なさそうに話しかけてきた
この時事件から1ヶ月は経とうとしていた
「〇〇さんもう大丈夫、、、なんですか?」
「大丈夫とは?」
「いや、おじさんに誘拐されたんですよね?」
「は??????」
私は自分の耳を疑った
いつの間に私はおじさんに誘拐されたのだろうか
「え?事件があった日に全店舗にFAX来てましたよ」
「タイトルが〇〇〇〇(私のフルネーム)誘拐事件」
「は???????」
どうやら話を聞いていくとマネージャーが面白がって謎のタイトルをつけたFAXを系列店全店舗に流したそうだ
「タイトル見て何か酷い事されたんじゃないかと思ってずっと聞けなかったんです」
私は膝から崩れ落ちそうになりながらも必死で耐えた
「大丈夫だったんですか?何されたんですか?」
後輩の好奇心に応える気にはならなかった
女率99%の職場で噂にならないわけが無かった
みんなある事ない事話していたんだろうな
誰かもっと早く教えてくれよな
19歳にもなって誘拐された(らしい)私は怒りの矛先をどこに向けて良いのか分からず、消化出来ない怒りとしばらく戦うこととなった