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【読書感想文】『霞町物語/浅田次郎 (著)』 昭和の時代、特定な街の特別な物語

この短編集はフィクションです。
著者が青年時代の東京を書いたものですが、このような青春を送ったわけではありません。
いくつものサイトのレビューに、著者の自伝だと思い込んでいる方々がおられるのを不思議に思う。
講談社の内容紹介が、誤解を生んでいるのではないか。

僕はこの町で学び、恋を覚えた
かつて霞町と呼ばれた麻布界隈を舞台に、著者自身の青春を綴る傑作。

青山と麻布と六本木の台地に挟まれた谷間には、夜が更けるほどにみずみずしい霧が湧く。そこが僕らの故郷、霞町だ。あのころ僕らは大学受験を控えた高校生で、それでも恋に遊びにと、この町で輝かしい人生を精一杯生きていた。浅田次郎が初めて書いた、著者自身の甘くせつなくほろ苦い生活。感動の連作短編集。

講談社BOOK倶楽部

著者は子供の頃、家庭の事情で都内を転々としたようだが、朝帰りをして霞町(現港区西麻布)から登校できる場所にある高校には通っていない。

浅田次郎氏のことは前から知ってはいるが、代表作『蒼穹の昴』『鉄道員』を含め、小説を読んだことはない。エッセイは多く読んでいた。

出張が多い頃、JAL機内誌に掲載されているエッセイ「つばさよつばさ」(2002年11月〜)を、毎号読んでいたのを思い出す。
まとめられて本になっている。


読書感想文

この感想文、自分の経験を重ね合わせた備忘録かも知れない。

霞町物語
60年代後半の物語。
その辺でよく遊んだのは、それからずいぶん後のことだが、当時知り合った地元民は雰囲気こそ物語と違えど、生活パターンは似ていた。
外から遊びに来た者(MOH)でも友人を介して知り合えば、一緒に遊んでいた。

夕暮れ隧道
80年代後半、舞台となる秋谷海岸から江ノ島に至る海岸線のエリアには、毎週末訪れていた。
逗子マリーナが建設中の記述に時代を感じる。
逗子から江ノ島まで134号線(湘南道路)を通らず、住宅街を裏道にして抜ける方法はいくつもある。

青い火花
おじいちゃんが逝った物語。
良き昭和の風景だったのかもしれない。

グッバイ・Drハリー
80年代、東京でフラフラしている欧米人はまだ珍しかったが、知り合うとフランクに距離を詰めてきて、夕方固定電話に " Would you like to play today? " と掛かってきたのを思い出す。

雛の花
深川芸者だった祖母の物語。
孫の主人公の前でカッコよく最後まで粋と張り、意気地を通した姿の書き表し方が印象深い。

遺影
題の通り、亡くなった人達の物語。
風景と光の描写は見習いたい。

すいばれ
舞台は内房の保田海岸。
どこにあるのだろう? Google Map で調べてみた。
鋸南町のHPに保田海水浴場の案内がある。

卒業写真
最後もおじいちゃんが亡くなったお話。

一通り読み終わると、この短編集は昭和30年代に都会で(夜)遊んでいた高校生と、その頃亡くなった人たちの物語。
初出は「小説現代」の1995年1月号〜1998年3月号。


文章中に、モノを書く上で参考になる表現がいくつも読み取れる。
気が付いたところは、Kindleのマイノートを使い保存している。
幾つか挙げてみたい。

まん丸いメガネを青く染めて、ネオン管を見上げる」
「あるページの肩をそっと折って、机の上に戻した」
「結い上げた髪と、ぐいと落とした後ろ襟」
「かしげた顔に夕日があかあかとなだれこんだ」
「人を喪った悲しみとそれにまつわる儀式とは、まったく別物なのだと僕は思い知らされた」
「線香の煙が、中庭からさし入る赤い光の中で縞紋様を描いていた。」

ハイライト機能はオープンにしているので、他の読者が読んだハイライトも読みながら確認することができる。

文章中、著者が想いを込めたところにハイライトをする方が多いが、私のように表現にハイライトをする人は、ほとんどいない。

このあと、Kindle本でこの小説を読まれる方は、これらの場所の線引きを見て疑問に思うのかもしれない。

MOH



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