【芥川賞感想】「バリ山行」松永K三蔵(著)/「サンショウウオの四十九日」朝比奈秋(著)
文藝春秋9月号で2作を読むことは記事にした。
簡単な感想を書きたい。
上の記事に書いた通り、受賞者インタビューと選評を読んだ上で作品を読んだため、著者の思惑や選者の意見がこの感想に影響を与えているかも知れない。
「バリ山行」松永K三蔵(著)
好きな作家、平野啓一郎氏が推していたので最初に読んでみた。
読んでみると、芥川賞(=純文学だと思っている)らしくない作品。
物語後半の「バリ山行」(バリエーションルート:一般登山道ではない登山道を探しながら歩くこと)が舞台となるシーンに、納得するところもあるが、前半の会社内でのグダグダが後半を描くための準備や背景であったとすれば、やや饒舌な感じ。
主人公は、社長がオーナーの50人規模のルーフィング会社に転職して数年目の社員。妻は大手生命保険会社勤務し、託児所に預ける子供がいる。
主人公は前職で、コミュニケーション不足からリストラ候補になったらしい。
今いる会社の経営が危なくなり、慌ててコミュニケーションを取ろうとしたところに、社内のそんな雰囲気には我関せずの妻鹿(メガ)氏が、毎週末単独で六甲山を「バリ山行」していることに惹かれていく。
主人公と妻鹿氏が一緒に一回だけ行う「バリ山行」でのやり取り、主人公の思いが「登山」という行為を超えた存在として書かれているところには読み応えを感じたが、会社内の様子は一般的な記述に留まり、妻とのやり取りに至っては希薄。勝手なことばかりする夫(主人公)の家庭内で波風が立たないのが不思議なくらい。
全体を通して読みやすく分かりやすい文章。
物語の前提となる世界が普通すぎるが故か、読後の印象は薄かった。
松永K三蔵氏は子供の頃から作家を目指していたが、大学卒業後は会社員になり、今後もそれを続けていくそうだ(今時、筆一本では厳しいと)。
2021年(40歳)第64回群像新人文学賞優秀作を受賞してデビュー。
「作家=変わった人であるべき」とは思わないが、物事をコツコツとやる真面目な普通の人に感じられた。
「サンショウウオの四十九日」朝比奈秋(著)
受賞者インタビューを読んで「変なお医者さんだな」と思った。
作品を読んだら、著者の変な感が滲み出てくる作品。
主人公の父親が胎児内胎児(双子?の兄の生後1年経ってから兄の体内から生まれてくる)である説明から話が始まり、設定がSF的なところに惹かれた。
説明の無いまま、主人公の一人語りで違和感が続く。
それは一人語りではなく、主人公たちが結合双生児なための二人語り。
藤沢市に両親と住む29才の結合双生児の杏と瞬との語りが文章の大部分を占める。
物語は主人公たちの病弱な伯父(生後1年間、父親をお腹に宿していた兄)が、死亡してから四十九日までの日常を描いている。
生活自体はノーマルだが、読者から見て主人公たちがノーマルではないので違和感が続く。
彼女たちはそんな自分たちが普通の存在であることを主張する。
少し引用したい。
物語が後段に入ると、二人語りが哲学的・宗教的な方向に進み、主人公を使い著者が語りたいこと(ではないかと)の興味深い記述が続く。
自分とは何か?
意識とは何か?
死ぬこととは?
物語が終わりに近づくにつれ、それが強く問われているように感じられた。
二作を読み終えて
改めて選評を読んでみた。
松永K三蔵氏には小説家としての安定感を、朝比奈秋氏には今後の可能性を期待しての評。
朝比奈秋氏には作家として不足する技術が多々あるような評もあり、素人が読んでもそう思う箇所もある。
芥川賞は純文学の新人賞なので、朝比奈秋氏の次作を読んでみたい。
MOH