作ってみました、栗きんとん 〜秋の味〜
かつて夫と2人、「中津川栗きんとん巡り」と称して、いろんなお店の栗きんとんを食べ比べしたことがあります。
栗きんとんの材料は栗と砂糖だけ、大きさもほぼ同じだけど、店ごとに味も食感もさまざまで、人気店のものはさすがに一味違うおいしさでした。
シンプルなものほどむずかしい。職人技の成せる味。簡単に家で作れるものじゃないような気がずっとしていました。
10月初旬、たまたま実家に行ったら、ちょうど両親が栗を拾ってきたばっかりとのことで「こっちは大きくてきれいなの」と母がせっせと選り分けていました。そしてその「いい栗」をそのままごっそりお土産にと渡してくれました。
畑の隅に丹波栗の木を植えたのが、よくなるそうで、毎年もらっているのですが、こんなきれいなのはここ何年ももらっていなかったような。拾ってきてしばらく放置されていたのを渡されることも多くて、持ち帰ると、虫や傷みを確認しながらせっせと皮をむき、栗ごはんにするのがわが家の秋の定番となっています。
今年は虫も傷みも大丈夫そうなので、安心して皮をむき、やっぱりまずは栗ごはん。といだお米に塩で味をつけ、栗をたっぷりのせて炊きます。ホクホクの栗とお米と塩、いい香り、秋の恵み。栗に限らず、季節の味を今年もいただけた、ということが年々ありがたく思えるようになったなぁとしみじみ味わったのでした。
さぁ、栗はまだまだたくさんあります。虫の心配もありません。ならば、皮ごと蒸して、そう、栗きんとん、作ってみよう!
むずかしそうだからとずっと敬遠していた私がやる気になったのには、実家の父がお手製の渋皮煮を振舞ってくれたのに触発されたのが大きいように思います。父の渋皮煮は渋皮も渋も取りきれていない野趣あふれる味だったけれど、80歳を越えてから母に代わって毎日三度の食事の支度をするようになった父が、栗きんとんより手間のかかりそうな渋皮煮まで挑戦したことを思うと、なんとも有難く頭が下がる思いがしました。それより何より、渋皮煮をすすめてくる父の自慢気でうれしそうな顔には作る楽しさ、挑戦する楽しさがあふれていて、うらやましくなるくらいだったのです。
そんな訳で私も意気揚々と栗きんとんに取り掛かります。
蒸した栗を半分に切り、スプーンで中身を出し、砂糖を入れて、火にかけて練り、布巾(ラップ)で栗の形に絞る。手順は書いてみればこれだけなんだけど、栗の潰し具合、砂糖の量、練り具合、絞る加減…思っていた通りシンプルなものほどむずかしい…けど、元の栗の形のように出来上がったきんとんを並べながら、私はきっと父に似ている、とひとりで小さく笑っていたと思うのです。
ちょっと甘かったかな、
でも、上出来!
ひとつ、ふたつと食べながら、来年も栗きんとんを作れるといいなと。父の渋皮煮もまた食べたいなと。
来年は両親と一緒栗拾いに行こうかなぁ。