発達障害と診断された時
発達障害の女の子のお母さんです。
娘が発達障害(自閉症スペクトラム症、知的障害)と、診断された日。
私は「良かった」と思いました。
障害のあることに良かったのではなくて、
診断名があれば方向性が見えてくる、
お母さんとして、やることがわかる、
本腰で娘のサポートをしていいんだ、
と思えたから。
診断前の3歳過ぎまでは暗黒の時代。
大泣きして暴れる娘に、こっちだって泣いて暴れたい、といつも思い、本当に泣くことも。
兄と比べて発達が遅いことを悩み、
同年齢の子とも比べてしまう、
そんな自分が嫌になっていました。
なんとか私の思う普通の子にさせようと、
していました。
振り返ると的外れです。
診断を受けて、
「もしかしたら、治りますか」
「私もおかしくないですか?遺伝ですか?」
なんてことまで聞いていました。
はっきりと障害と病気は違うから治らないこと、遺伝ではないという答えに、
「強くて優しいお母さんになる」
「どうしていいかわからないって泣かない」
そんな決意をしました。
ウジウジしてるお母さんになりたくないし、
お母さんが泣いても娘は変わらないから、
泣くのはやーめた!
いろいろな考え方があります。
診断名がつくことに抵抗があったり、
避けたい方もいます。
私の場合はグレーはなく、白か黒かどちらかに
はっきりと決めてほしかった。
どちらでもお母さんであることには変わりません。
お母さんが、心にゆとりある良い状態で接するのが、どんな子供にも良いはず。
イライラやモヤモヤの矛先は、弱い人に向きます。それは人としてやっぱり避けたいこと。
思い通りに、自由に、我慢しない、、そんな考えばかりだった私に、娘はたくさんのことを教えてくれています。
人としての当たり前の欠けていたものを教えてくれている気がします。
もう、我慢大会か修行みたいな時もあります。
診断名がつくことで、サポートの仕方も的外れにならないし、空回りも減ります。
家事と同じで、手抜きもあり、力入れ過ぎもあり、そしていつまでも終わらない。
お母さん、お母さんと言ってくれる期間が長い。
振り返ると、診断が遅かったら、ずっとイライラとモヤモヤで、この長くなる子育てを頑張れなかったし、楽しむこともできなかったと思います。
今は、
見えそうで見えないゴールに向かって、景色を楽しむ余裕のある娘のペースメーカーです。
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