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【エッセイ】あいこさん

旦那さんが病で亡くなってしまって以来一人暮らしをしているあいこさんは、職場のパートさんで、かれこれ勤務7年目になる大先輩である。お子さんはおらず、私より20歳くらい歳上で、民生委員をしていて、美術が好きで、ご親戚の面倒もみていてご苦労もされているみたいだが、そういうのを感じさせることのない、いつもとても陽気な人だ。

楽しく生きるコツとかがいつも水道のようにでてくる人で、裏表がなく、陰気さとか卑屈さというのがなく、優しくて明るくて気持ちが良い。

女の一人暮らしにはKALDIとチョコレート、インスタントでないコーヒーが欠かせないアイテムだというのがあいこさんの持論で、石焼きビビンバの素やロッテのチョコレートのバッカスやラミーなどを、わたしはあいこさんから教えてもらって今年初めて知った。

あいこさんはいつも自分を褒めるのが大事よと言う。職場でも、この間社長が不在だった時、「私たち超優秀」とか「私たち本当によく働いてる」とか声を掛けてくれて、このように「ご自愛」するのか、と、わたしは学んだ。不思議な温かいものに包まれたような感覚があった。

その日から、わたしも寝る前に自分を自分で褒める練習をしている。発声して自分の耳に聞かせるのが大事なのだそうだ。

今日、チョコレートのバッカスとラミーをスーパーで見つけたので買って食べてみた。ラミーが生チョコレートとラムレーズンの濃厚なチョコレートで好きな味だった。

口にしたときに、美味しいものに出会えた嬉しさと、わたしのなかであいこさんが単なる同僚という域を超えて、大きな存在感で息づいているのを自覚してしまった。あいこさんに友だちが多いのがよくわかった。皆んなあいこさんを好きになるのだ。

そしてラミーを食べ終え、夕食の準備をしていたとき、突然涙腺が壊れたように涙が流れ、わたしは泣きながらヒレカツにパン粉をつけていた。泣きながら料理をするのは初めてのことだった。なかなか涙は止まらなかった。

豚カツは美味しく出来上がり、それはなんだか緩やかな、いつかくる別れの始まりの味だと思ってしまった。あいこさんともいつか別れてしまうんだ。そんな感傷に襲われたのだ。

いつか必ずやってくる、自分からは選べない別れ、避けられない定めがあることを、ようやくにして覚え、だからこそ、今ある人とのご縁、お付き合いは大事にしなければと思った夜であった。それは何も現実世界だけではない。noteの皆さんもそうだなあと思った夜であった。


おしまい。(1034字)


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