このイライラは、あなたになにを気付かせようとしているか?
セラピスト心月です。
今回は頂いた質問をもとに解説していきますね。
■表面的なセルフイメージに出逢うタイミング
みなさんは「投影の法則」をご存知かと思います。相手は自分の鏡である、と表現されるときが多いですよね。
なので、嫌だなと思っていることを自分の前でやっている相手にイライラっとする場合、
「それをしたいのに我慢している」
と観ることもできます。
または、「それをしてしまう自分自身を否定している」
とも言えるでしょう。
上のSさんの内容で言えば、
感情を出す人が苦手なら「自分自身も感情を出したい」と無意識に思っているかもしれないし、
もしくは、
「感情を出してしまう自分のことを嫌っている」
とも解釈できます。
Sさんは、黙々と淡々とやるのが理想なので、余計な感情はあまり出さないタイプということなんでしょうね。
というか、
《自分のことをそのように解釈している》
ということ。
これが表面的なセルフイメージです。
■他者や現象からヒントをもらうしかない
いつも自覚している自分が、本当の自分だとは限りません。
黙々と取り組む自分が好きで、気持ちよくて、最高! って思えていたとしたら、それが私だ!と思いたいところですが、そうとは言い切れないんですね。
以前にも書いたのですが
《自分自身の無意識を観察するには自分が見ている現象からヒントをもらうしかない》 んです。
だってね。余計な感情をあまり出さないのが本当の自分ならば
感情を出す人に対してイライラしないもの。
あー出したいんだねー
わかるわかるー
と思うだけなんですね。
心地良くない気分にはならないものなのです。
■そんなこと私はしないもん!嫌いだもん!という思い込み
例えば、責任感持って仕事をバリバリとやっている人が、サボっている奴にイライラするというシチュエーションはよくあること。
その場合、「責任感持って仕事をする私」は、自分の性質の一部ということになりますが
一方で、《サボる自分を隠している》と言えます。
えー!
私、サボってないもん!
と、みなさん大抵なります。笑
でも、自分が気にしている、張り切っている仕事に関しては責任感持ってやっているかもしれませんが
もしかしたら、
全く違う場面でやっているかも、なんです。
↑プライベートや、違う関係性の間でね。
「ホントは無責任でいたい」
「もっと気楽にしていたいのに」
「そうは言ってられないから無理してでも頑張らなくちゃ……」
と、感じるような立場に立つときがあるかもしれませんね。
親戚付き合いとかね。
行事とか、挨拶とか、ママさん交流とか。
私はそんなことしていない!
そんなこと嫌いだもん!
と、誰もが思います。
それが無意識の世界ですからそう感じるのも当たり前。
でも、もしかしたら、
どこかでやっていることに気付いてない
のかもしれません。
そして、やってない!と言い切るということは、その行為自体を
悪いことだと決めつけているのかも。
***
ご質問者のSさんは、「感情を出す人が嫌」解釈していますが、感情を出す、とは“視点を変えたら良い面もある”ことに気付くでしょう。
例えば。誰かにプレゼントをしたとき、相手がとても喜んでくれたら嬉しいですよね。それも感情を出しているし。
「投影の世界」はここまで広げて観る必要があります。問題視している現象の限られた世界だけでは解明できないもの。
もしかしたら、Sさんは
「嬉しさを表現できないもどかしさ」を感じているかもしれません。
ボク自身がそうですから。笑
■投影が教えてくれる愛の世界
そんな風に、自分に関わる全ての現象をシンプルに観察してみると
あ!そういえば、私、あの時は、すごく感情を出してるわ!
なんてことも思い出すかもしれません。
これが、気付いていない自分の発見。
そして、それが《投影が教えてくれる愛の世界》です。
世界は常に大切なメッセージを送ってくれています。
いつだって愛に満ちています。
ずっと長い間、自分を苦しめていた思い込みを
もう卒業しましょうね、と教えてくれているのですね。
■一部分の自分だけを「わたし」だと思い込んでいませんか?
それを観るためには抽象度を上げるコツがあります。
「投影の世界」は、自分自身が問題視している現象に対して、どんな感覚を抱いているか? が大切です。
過去に、どこかで
言いたいのに言えなかった感情、であったり
だしたら怖いことが起きた記憶、だったり
感情を出している人が周りに嫌がられていたのを見ていた
など、いろんな情報が渦巻いています。
どれもそのときは真実のように見えていかもしれません。でも、今起こっていること、現在の私が感じている本音ではありませんよね。
大事なのでもう一度
その記憶は、現在の私が感じている本音、ではありません。
もしかしたら、そもそもSさんの本質は「豊かな感性を持った感情豊かな方」かもしれません。
いつからか自分自身でそのカケラを閉じ込めてしまっていたため、感情を出すことを無意識に抑えてしまっていたのかもしれません。
ずっと長い間、本当の自分を小さく小さく押し込めていたその思い込みを、他者を通じて「もう出てきてもいいよ」というサインを受けとった。
それに気づいたとき、自他との境界線がなくなり、すべてが統合され、
「愛」とつながることができる。
黙々と取り組む姿は、自分自身の一面です。
ボクたちは、一部分の自分だけを「わたし」だと認識しています。
認識できていない、まだ出会っていない、忘れてしまった自分を、他者に投影して気付かせてもらっているんですね。
そして、どんな自分も存在して変化しつづけています。
ですから、この性質です!と限られた存在ではありません。
時代の変化が早くなり、ますます意識が広がる時期に、感情が大きく揺らされることがあるかもしれませんが、
そんなときほど、イライラのサインをきっかけにして、愛の存在である自分を見つけていきたいですね。