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アトピー周辺知識33: 大脳化・抗酸化能(暫定)

 前回は哺乳類の腸内細菌叢と抗酸化能の関係について紹介した。その際に抗酸化能の進化と寿命の関係についても述べたが、今回は哺乳類に並び寿命の長い鳥類について脳の進化との関連を交えて述べていく。




・長寿命な生物としての鳥類

 鳥類は人以外の哺乳類と並ぶかそれ以上に長命な動物群である。
 鳥類はケトン体(脂肪)のエネルギー源としての利用に優れる。ケトン体の中でもβヒドロキシ酪酸は自身が抗酸化物質として働くだけでなく、他の抗酸化酵素を誘導して活性酸素を消す方向に働きかける。その様にして活性酸素の発生を積極的に抑える事が出来るため鳥類は長命となる(人間におけるケトン食・ケトジェニックと同じ要領であり、アレルギーやアトピー性皮膚炎のケトン食による治療・寛解報告も多々有り)。


鳥は哺乳類に比べ高い運動性能を有し酸素消費も高い一方、活性酸素の放出が少なく、がんや肥満などの生活習慣病になることも非常に稀であり、最大寿命も哺乳類の倍以上とされています

鳥への進化はインスリン耐性から始まった --- 応用生物学部


・哺乳類と鳥類の共通点、長寿と大脳化

 鳥類と哺乳類に共通する特徴として発達した大脳が挙げられる。果たして何故鳥類と哺乳類だけが進化的制約を超えて大脳化(体の大きさに比して脳の大きさの増大化)を為し得たのか?


 酸素を大量に消費し極めて活性酸素による悪影響を受け易い繊細かつ重要な臓器である脳。脳の発達には必然その機能維持のために脳で代謝される膨大な栄養や酸素に加えて、代謝により発生する活性酸素に対応するための抗酸化能の高度化が不可欠となる(脳の安静時基礎代謝は骨格筋や肝臓と同じく全エネルギー代謝の2割にも上る)。


 ケトン体(脂肪)を主要なエネルギー源として直接利用出来るため高い活性酸素除去能力を持つ鳥類、尿酸やグルタチオン等強力な抗酸化物質の生成に加え、腸内細菌叢の水素産生菌により鳥類以上の高い抗酸化能を持つに至ったヒト上科霊長類(人類も定住と農耕による穀物食の普及前は、狩猟採集での肉食・植物食と飢餓によりケトン体質がより強かった)。
 一方であくまで飢餓状態とケトン体の利用に抗酸化能を強く依存しているが為に、鳥類は一定の大脳化を為し得たものの人上科霊長類程の大脳化の可能性を失ったとも言える。


 抗酸化能の進化は脳の進化における制限を突破させ、鳥類や哺乳類に更なる脳の発達を促したと考えられる。これは脳化指数と平均寿命の関係とも矛盾しない(鳥類や極端に他と体格の異なる象などはやや例外的ではある)。

動物の脳化指数と平均寿命


・大脳化後の抗酸化能減退による悪影響

 翻って腸内細菌叢のディスバイオシスは抗酸化能の低下を招き、進化の積み重ねにより手に入れた高度な脳の機能を阻害する。それは単純な機能低下には収まらず、明確に脳障害(炎症や血栓から頭痛、更には脳梗塞など重い症状まで)や倦怠感・睡眠障害などに加え精神疾患としてもその害を引き起こす事になる。そこに老化が加わればアルツハイマー病やパーキンソン病の原因ともなり得る。それは宛ら人類の進化を否定する行為とも言えるだろうか。

脳内の炎症性物質がうつ病の病態に関与していることが多くの研究で示唆されており、炎症性物質を抑えることがうつ病の治療となる可能性があります。BHBは糖分が不足した際に体内で作られる物質の一種であり、炎症を抑える作用があることが近年報告されました。本研究では、慢性ストレスによるうつ病モデルラットに対して繰り返しBHBを投与し行動を評価したところ、BHBを投与したラットは抑うつ的な行動が減弱することを発見しました。このことから、BHBに抗うつ作用がある可能性が示唆されました。さらに急性のストレスにより、脳内の海馬におけるインターロイキン-1β(炎症性物質)が増加しましたが、BHBを事前に投与することでそれらの増加が抑えられました。

抗うつ効果をもつ新たな物質を発見


 …現代医療の問題点を指摘する際によく言われるものとして、医療は人の健康な状態を明確に定義出来ない事が挙げられる。またそれ故に大抵の医療は対症療法に留まり、慢性疾患を治療する事が出来ないのだとも。私的には上記の様な進化生物学的視点の導入は、その様な医療の現状に一つの解決策を示すものと考えている。


 かつて地球の覇者であった恐竜(獣脚類)はその絶滅後に自身の後継である鳥類、そして新たに繁栄する哺乳類により覇権を奪われる。その過程にはケトン体の積極活用による運動機能や脳への栄養補給方法の発達のみならず、活性酸素への対応の進化や抗酸化能の発達に起因する大脳化も大きく関わっていた事だろう。


・追記 食性の変化と大脳化

進化の歴史は人類の身体や生活の様式を深層で強力に規定するもので、現代社会の諸問題を見る上でも有益である。700万年前にアフリカで誕生した人類の祖先は樹上にて果実や植物を食物としていたが、250万年前ごろ地上に降り、肉食を開始したといわれている(石器の出現とも大きな関係がある)。
人類が肉食を開始した理由については諸説あるが、環境の変化と人口の増大が原因と言われている。木から降りて草原に進出した人類は直立二足歩行を本格的に開始、スカベンジングを開始し社会的行動を発達させた。大脳も巨大化していったが、これによりエネルギー効率の良い肉食の比率が増大し、また人類に生理的早産を、さらに行動の変化(ホームベース戦略、核家族の形成と男女の分業)をもたらした。これら人類が経験した食生活から社会的行動、身体的構造に至るまでの変化の詳細な関係は明らかでないが、その根底には肉食が大きく関わっていると考えられている。現代に至っても我々ホモ・サピエンスは社会集団の構成原理、そして(近年のダーウィン医学の説明からすれば)身体構造も、狩猟採集民時代の適応構造を未だに残している。

食の人類学・民族考古学-狩猟と肉

 脳の栄養であるケトン体の原料も脳の主要な構成成分も脂質であり、初期人類の食性の変化としての肉食の開始(雑食化)は大脳化に不可欠であったと思われる。
 草食かつ穀物食も無い状態での脂質の大量合成は難しく、事実最初期の人類は類人猿と脳容量が大差無く、その食性はチンパンジー同様にほぼ草食であった。

・人類の脳はどう進化したんですか?『化石が語るサルの進化・ヒトの誕生』

https://www.maruzen-publishing.co.jp/info/n20548.html


 また人類が本格的な直立二足歩行を開始し森から草原へ進出してスカベンジング(死肉食≒肉食)も始め、社会的行動の発達や言語能力の獲得を為し得たとされるのは、最初期の人類であるアウストラロピテクスから脳容量が倍近く増える程の大脳化を果たしたホモ・エレクトスの出現時期と重なる。

私たちの脳は、40%がタンパク質、60%が脂質でできています。脂質のうち50%は神経細胞を保護するコレステロール、残り50%は神経組織を活性化させ、情報伝達をスムーズにするリン脂質やDHAです。

脳とあぶらの関係


ヒトはいかにして生まれたか 遺伝と進化の人類学

 肉食の開始による雑食化、穀物食の開始による食の糖質中心への変化や高カロリー化等、食性の変化は歴史上人類の体質や能力に大きな変化をもたらしてきた。
 人類の酪酸菌との積極的な共生関係の開始がいつ頃であったかは現状はっきりとしないが、ケトン体合成の関係から狩猟採集による雑食化以降であるのは間違い無いだろう。そこから穀物食に移行してプレバイオティクスとカロリーの安定的な摂取手段を得て、共生関係の深化が更に進んだものと思われる(穀物食の前段階として芋食を挟むという説も有力である)。

 現代の我々の体質や食性が原始人類からの進化の連なりの上に成り立っている事を無視して論じ、医療をそこからの分断の手段として用いるなどあってはならない事である。



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