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【短編小説】会社員物語:大名行列

「おい、4時から『例の巡回』が始まるぞ。もう、準備したか?」

同僚から声をかけられ、私はハッとする。

「しまった! 忘れてた! ・・・今からでも間に合うかな?」

「もう遅いだろ。こうなりゃ、気付かれないことを祈るしかないな」

(そうかもな)

私は頭を切り替え、同僚と実験室へ急いだ。
実験室に到着すると、既に多くの社員がどこか緊張した面持ちで整列をしていた。同僚と二人、急いで列に加わるとほどなくして声が鳴り響く。

「それでは、只今より副事業部長の巡回を始めます」

 この某医療ドラマのような台詞が聞こえた瞬間、みな背筋を伸ばす。
先ほどの言葉を皮切りに、副事業部長様の『例の巡回』現場確認が始まるのだった。

 ドアが開くと、両手を腰の後ろで組んだいかにも神経質そうな顔をした男が先頭で入ってくる。
その後ろには製造部長がテープカッターを両手で捧げ持つように持って付き従い、更にその後ろには技術部長が赤い紙の束を大事そうに抱え、その後には課長陣が続いた。

お偉いさんが列をなして歩く様は、さながら大名行列のようで、

『下にぃ~、下にぃ』

そんな声が聞こえてくるようであった。

入るなり、先頭の男の目がキラリと光る。

「それ、埃かぶってるねぇ。要るの?」

「「はっ!」」

 あごでしゃくり上げるように合図すると、後ろにいる部長二人組がすかさず赤紙をテープで貼り付ける。
その光景を見ていた神経質そうな男こと、副事業部長・浅村氏は至極ご満悦な表情をした。

「嬉しそうだな、あの人」

「一瞬、獲物を見つけた時の鷹の目をしてたな。『3Sの浅村』の面目躍如ってところか」

私のつぶやきに同僚もぼそっと返す。
今ここで何が行われているのかというと、新しく就任した浅村副事業部長の指示の下、3S(サンエス)巡回が行われているのだ。

3Sとは、

整理
整頓
清掃

の頭文字・Sを取った総称で、日本のモノづくり現場でよく言われている言葉である。この浅村氏はとにかく3Sが大好きな人で、就任する先々で徹底した3S活動を行うことで有名であった。

 部課長連中を引き連れて現場を回り、3Sがなっていないものを見つけては片っ端から赤紙を貼り、物をどんどん捨てるこの活動を我々現場社員は『大名行列』と呼んで恐れながらもうんざりしている。

「しかし、すげえな。部課長引き連れて1時間の巡回か・・・。時給に換算したら百万は超えているんじゃないか?」

「まったくだ。何でも今期の目標で、総額1億円以上の不要物を廃棄するって宣言してるからな。見ろよ、課長陣たちも必死だぜ」

 顔を向けると課長たちは血眼になって不要物を捜し、候補になりそうなものを見つけては担当者を捕まえて話し込んでいる。

「前はナベさんが、愛用の工具をやられたらしいぜ」

「・・・そういや、そんなことがあったな」

 ナベさんには愛用している六角レンチセットがあった。だいぶ前にM3サイズを盗まれたそうだが、それでも大事に保管していた。だが、前回の巡回の際に、

『欠けたセットなんて要るの?』

と、副事業部長御自らの手で赤紙を貼られてしまったのだ。
赤紙を解除する為には妥当性のある根拠を示す必要があり、その資料を作るのに3日かかったという愚痴を長々と聞かされた覚えがあった。

《この話は別の物語『六角レンチを取り戻せ! ~M3よ、君は悪くない~』で語られる予定です。 ※ウソです

(あんな目にあうのはごめんだな・・・)

などと考えていたら、

「このサンプルは誰のだ!」

と浅村氏の声が響く。なんと、それは隠し忘れた私のサンプルだった。

(あちゃあ~、見つかったか・・・)

まずい、と慌てて駆け寄る。

「え~、それは試作品でして。いずれ評価する為に取っておいたものでして・・・」

「いずれ? いずれっていつだ? テーマに紐づいているのか? 計画はあるのか?」

説明しても、言葉尻を捉えて矢継ぎ早に質問が飛んでくる。

(あるわけないだろ! 『裏』でやってる実験品なんだから)

心の中で毒づきながらも必死に説明する。だがしかし、

「アウト~!」

脇に控えていた技術部長から無情の宣告をされ、赤紙を貼られてしまった。がっくりと肩を落として列に戻ると、同僚が同情の眼差しを向けた。

「お疲れ様」

「まったく、やってられんわ。そんなに物を捨てたきゃ、まず自分が捨てられろってんだ」

あまりに腹が立ったので、ついつい毒舌を放つと同僚は苦笑した。
いつの間にか赤紙活動は終わったようで、今は定位置活動に軸足が移っていた。

いわゆる工具や消耗品在庫の置き場所を定めるというやつだ。これも浅村氏のお気に入り活動のようで、隣にいる低津ひくつ製造部長と熱のこもった会話をしている。

「これ、ハンマーとドライバーの位置を入れ替えた方が良いんじゃないの?」

「さすがは副事業部長。ご慧眼、恐れ入ります」

「ノギスはあと10センチ高い位置にあった方が、取りやすいよねえ?」

「ごもっともでございます」

この低津部長、とにかくおべんちゃらを使うタイプで周囲からは蛇蝎だかつの如く嫌われている。

今はこの浅村氏に食い込むことが至上命題なのか、昼飯はいつも浅村氏と二人きりで食べており、『あの二人、付き合ってるんじゃないの?』と陰口をたたかれているほどだ。

「とても年収一千万越えの人がやる仕事じゃねえな・・・」

幹部二人のやりとりを見ていた同僚が放った言葉に、周囲の社員は皆、力強く頷くのであった。

 そうして規定の一時間が過ぎたところで、全員がフロアの一画に集められる。ここで今日の結果が言い渡されるのだ。

「それでは今回の赤紙巡回活動の結果を報告します。工具十点、装置三点、測定器二十二点、サンプル四十二点、・・・」

低津部長が赤紙を貼った品数をつらつらと読み上げていく。そして最後には、

「金額に換算し、約六二百万円! 今までの巡回活動の中での、第一位でございます!」

と強く読み上げる。すると、

「「「うおぉーー!!」」」

課長陣が大歓声をあげるのであった。

「・・・なんだかなあ」

「これ、事業利益に貢献してねえよな」

熱狂する幹部たちとは裏腹に、我々現場社員はやるせない気分に陥っていた。

こうして今回の大名行列は終了した。
これ以降は赤紙を貼られた各担当者が取り戻すなり、廃棄するなりの処置を行うことになるのである。

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 翌日から、早速私と同僚は処置を始めた。
二人とも何枚か貼られたが、もう取り戻す気力もなく素直に廃棄処分を進める。

「余分なものを捨てて筋肉質を目指す、ねえ・・・。 大事な物も捨てて骨粗鬆こつそしょうになるんじゃねえのか?」

同僚の言葉に相槌を打ちながら作業をしていると、ふとある人が目についた。

「おい、あれ・・・ ナベさんじゃねえか?」

「え?」

 目線の先ではナベさんが工具の定位置処置として、テープによる位置だし作業をしている。あの浅村氏と低津部長がやり取りしていた一件だろう。
ナベさんは生来の職人気質からか、巻き尺で高さを測ってペンできっちりと墨出しを行ったり、テープも歪みが出ないよう貼るなど丁寧な作業をしている。

「・・・ダメだ! 1ミリずれてる。やり直しだ!」

 そしてズレが気に食わないのかせっかく貼ったテープを剥がしては、また一から作業をやり直していた。

「「ナベさん・・・」」

その姿を見た私と同僚は、なんだかとても悲しくなった。

作業が終わったところで休憩所に立ち寄り、濃いめに設定したカップコーヒーを買う。二人とも何も語らずに飲みながら外を眺める。すると、夕日がちょうど山影に隠れる瞬間だった。

「・・・俺、転職しようかな」

「・・・応援するぜ」

私がふと漏らした呟きを、同僚が温かく包んでくれた。

おわり

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