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【短編小説】異世界:魔法使い(聖系)のもう一つの顔・上

■本文
 ここは魔法が存在する西洋ファンタジー的な世界。これはそこで暮らす、とある職業人の物語である。

司祭の格好をした女性が目を閉じ何ごとかを唱えると、両手が青白く光り出す。その光った手を目の前にいる子供の傷口に掲げると、みるみるうちに傷が塞がった。

「あ、ありがとうございます! ありがとうございます!」

「礼にはおよびません。こうなったのも全て神の思し召しですから」

子供の傍らにいた母親と思しき女性が何度も頭を下げるが、治療を施した女性は謙虚な姿勢を崩さない。

「もう、痛くはありませんか?」

「うん! ありがとう、お姉ちゃん!」

微笑みながら問いかけた女性に、子供は元気良く返事をした。

「本当にありがとうございました、ディア様。・・・それで、代金なのですが・・・」

母親がすまなさそうな表情を浮かべ、両手で帽子を揉みしだいていると、

「今でなくていいのですよ。余裕が出来たら、で結構ですから」

と、司祭服の女性は笑顔で答える。

「お心遣い、ありがとうございます、ディア様。今は日々の暮らしで精一杯ですが、必ずお支払いしますので。今日はこの子の怪我を治して頂いて、本当にありがとうございました」

母親は礼を述べると、すっかり元気になった子供の手を引いて部屋を出ていった。

バタン

ドアが閉まったとたん、女性の先程までの慎ましやかな態度がすぐさま崩れた。

「あふぃ~~~、づがれだ~~~」

そんな気の抜けた声を出すと、だらしない姿勢で椅子に腰をおろす。

「お疲れ様です、姉さん・・・ って、下着見えてますよ!」

そのあまりのだらけっぷりに、脇に控えていた青年がしかめっ面をした。

「え、そう? まあ、いいじゃない。ここには、私とあんたしかいないんだし」

「だからと言って、だらけすぎです! というか、股に手を突っ込んでボリボリ掻かないで下さい! 年頃の女性がはしたない!」

クレッド、四六時中あんなお澄ましモードしてたら、体がもたないわよ。まったく、あんたは頭が固過ぎるのよ。 固くなるのはアレだけにしときなさい、ってね」

綺麗な顔立ちから放たれたとはとても思えない親父ギャグに、青年の方はやれやれとばかりに首を振る。

「姉さんはオンとオフの差が激し過ぎるんです! 『ルーセントの聖女』とまで噂されている人が、そんなしょうもない下ネタを話すなんて知れたら、泣かれますよ!」

「別に~~。勝手に泣けばいいじゃ~ん」

女性の方は馬耳東風という感じで、今度は鼻の穴に指を突っ込んで鼻毛を抜き始めた。

あら失礼。ここで自己紹介しますね。私の名はディア。こう見えて『聖魔法』の使い手です。

聖魔法使いはその希少性ゆえに教会やら王国やらが囲い込みにきますが、私は独立して診療所を営んでおります。今日も朝から患者が大勢押しかけてきて、大変でした。

何せ弟と二人だけで切り盛りしていますから、患者が一度に来ると忙しくて忙しくて・・・

尚、弟のクレッドも聖魔法を使えますが、まだまだ未熟ですので助手として私を手伝ってくれています。時折口うるさいのが面倒ですが、口は堅く頼りになる弟です。

え? この司祭の服装ですか? これはただのコスプレです。

あ、それと先程クレッドが言った『ルーセントの聖女』と言うのは私の通り名になります。金銭的余裕のない人たちにも無償で聖魔法による治療を施していたら、この麗しい見た目も相まってかいつの間にかそう呼ばれるようになっていました。

本当のところは治療の練習とか新しい魔法の実験台にしていただけですが、それは秘密。もっとも、お金に関しては『副業』で十分稼いでいるからそれで充分、ということもあります。

「じゃあ、姉さん。そろそろ『あっちの方』の患者が来ますから、ちゃんと居住まい正して下さいよ」

「え、もうそんな時間? まったく、人気者はつらいってね」

さて、今日はその『副業』の仕事が入っている日でした。慌てて服装を整え、いつもの外面そとづらモードになってお客様が入ってくるのを待ちます。

クラタ様ライチ様ですね、お待ちしておりました。どうぞこちらへ」

クレッドの案内に従い、中に入ってきたのは若い夫婦でした。どちらも立派な身なりをしておいでなので、貴族なのでしょう。女性はお美しい方ですが少々気が強そうに見え、一方男性は頬がげっそりとこけ、見るからにやつれておいででした。

「先生、今日はよろしくお願いします」

女性の礼儀正しい態度に、私もお行儀のよい態度で返します。

「ええ、こちらこそよろしくお願いします。・・・それで、お悩みの方というのは、どちらでしょう?」

「実は、夫の方なのです」

「なるほど。それでは、具体的なお悩みを教えて頂けますか?」

「はい・・・ 実は・・・ 夫の『アレ』が勃たなくなったんです!!」

初めは言いづらそうにしていた女性でしたが、一旦話し出すと物凄い勢いでまくし立ててきました。

「実は私たち、一年前に結婚したのです。それで、私も初めのうちはまずは大人の世界を楽しもうかな、と思いまして毎夜まぁその・・・ 求め合ったんですの。そうしましたら私たちの相性がいいのか、私も大人の世界が気に入りまして何度も求め合っていましたら、ある日突然夫がイ●ポになり・・・ ウホン! 勃たなくなりまして! このままでは、色々とまずいんですの!!」

切羽詰まっているのか、所々失言を織り交ぜての説明に私はちょっとたじろいでしまいました。

「突然、ですか。差支えなければで構いませんが、その・・・ どれぐらいの頻度で、求め合ったのですか?」

「え? 頻度ですか? それはもちろん毎日、さらに朝一夜二ときどき昼一ですわ!」

何故かにこやかに答えるご婦人。それを聞いた私のみならず、弟のクレッドも驚いてしまいました。

ある高名なお医者さんの説によると『春三夏六秋一冬無し』、つまり春は三日おき、夏は六日おき・・・が適切な性生活の頻度らしいのですが、毎日、それも複数回とは・・・

そりゃ旦那さん、ぐったりですよね!

私がちらっとご主人の方を見ると、悲し気な顔をして小さくうなづいていました。

「それはまた・・・ 凄いですね」

「え、そうですの? これぐらい、普通なのでは?」

一方の奥様は肌が艶々で元気一杯なご様子。どうやら、この方は相当『お強い』ようです。

「年中無休、朝一夜二ときどき昼一・・・」

尚、弟のクレッドは呟きながらカルテに記載していました。あまり、口に出さない方がいいですよ、クレッド? ご主人の方が辛そうな顔になっていますから。

「なるほど、わかりました・・・ ずばり、ご主人の病名は『パイコン・ヒーロー』ですね」

「な、なんですの!? その恐ろし気な病名は!? せ、先生! 主人の病気は治るのでしょうか!?」

相当困っているのか、ご婦人が詰め寄ってきます。まあ、確かに貴族は血を残すのが最大のお役目ですから、事情は理解できます。

「大丈夫です。こういう時こそ私の出番ですから」

すると、ご婦人はまるで神でも崇めるような表情で私を見つめます。

「ああ! さすがは先生ですわ! このまま夫のアレがあれのままだと、私のストレスが溜まるばかりでしたので!」

って、困っている理由はそっちかい! 私は、ご主人にかなり同情してしまいました。

「クレッド、『アグラー・バイ』の準備を」

「はい、わかりました」

私の指示で、クレッドが準備に取り掛かります。ここまで来ると、もうお気づきの方もおられるでしょう。

私のもう一つの顔は『性魔法』の使い手で、それを活かしてこっち方面で副業をしているのです。

こっち方面で悩みが多いのは貴族や大商人のせいか、とんでもない額を吹っかけてもすんなりと払ってくれるので、副業の方が実入りが多かったりします。とは言え、こちらの商売を前面に出すと、あまり世間受けがよろしくありません。という訳で、表向きは『聖魔法』で『ふつうの治療』をしているのです。

さて、準備が終わったところで、いよいよ治療に取りかかります。今回は楽勝かな? と思っていましたが、私は自分の考えが甘かったと後で思い知るのでした。

つづく


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