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夏とプールとみたらし団子

寝癖も落ち着かないまま体操服に着替え、派手で悪趣味な柄のハンドタオルを首にかけたら、飛び出すように家を出る。中学生の頃、夏休みはほぼ毎日部活動に出ていた。家から歩いて10分くらいの距離にある母校は、地域では荒れた学校として煙たがられていた。校内を歩けばバットを持った男の子が割れた窓ガラスの前を闊歩する、金髪で濃いアイメイクの女の子は授業中に彼氏と通話をし始める、黒板には紙飛行機に消しゴムに色んなものが飛んできて授業は全く進まない。終いには退職時期を早めた教師が逃げるように去っていく。いろいろなことが崩壊していた。しかし夏休み中の校内はそんな日常は無かったかのように、とても静かだった。わたしはそれを良いことに、靴下のまま廊下を走ってツーッと滑ってみたり、手拍子をして校内に響く音を楽しんだ。いつもは恥ずかしくて出来なかったことをどんどんこなしてやった。鬼の居ぬ間になんとやらというような感じで、休みの間だけは堂々と校内を歩けたのだ。

汗ばんだ体操服を脱ぎ捨てて、ストレッチなども適当に終わらせ、プールへ入る。まだ誰も入っていない朝一番のプールは透明度が高い。そんな半透明な水色の箱の中で、わたしは潜水をすることが好きだった。ゆっくり息を吸い込んでから潜り、そして強く壁を蹴る。調子の良い日はその一蹴りで、20mは進められる。ある程度進んだら次はひっくり返って背泳ぎの形になって、水中から太陽の光を浴びる。自分の体から出てくる泡が水面に上がってキラキラ輝く。細かい泡がサーッと音を立てて流れていく。水中では運動場にいるサッカー部の声も、吹奏楽部のパート練習の音も聞こえない。まだ上にいる部員がわたしの名前を呼んできてそれはさすがに聞こえていたけれど、水中にいるという免罪符のもと度々聞こえないフリをした。息継ぎに上がると、もう名前呼んでたのに〜!とにこにこ笑った部員に話しかけられる。ごめんごめんとわたしもにこにこ笑いながら答える。こんな暑い日に冷えたプールに入って、機嫌が悪くなる中学生はいないのだ。一日中プールで泳いで、友人と神社でおしゃべりしてから帰る毎日。気付けばゴーグルをつけていた目の周りだけが焼けずに残っていて、逆パンダやと親によく笑われた。

小さい頃は水が怖くて仕方なかった。海に行けばワカメや貝殻を拾うくらいしかすることが無く、幼稚園の浅いプールに足をつけることすらも泣いて嫌がった。小学生になってから少しずつ泳げるようになったけれど、やっぱり水への苦手意識は消えなかった。水だけじゃなく運動が大の苦手で、人と長く一緒にいるのも苦手だった。小学生の頃はよく居留守を使って友人の誘いを断り、家の中でぬくぬく過ごすことが度々あった。学校が終わったらあとは家に帰ってのんびりしたかったのだ。そんな調子で中学生になったら放課後に部活動があるらしいけど、別にやらなくていいや!その分勉強を頑張ろうと考えていた。わたしは帰宅部らしからぬ、真面目な帰宅部員になろうと決めた。

そのことを四つ上の姉に話すといや待てと、怪談話をするかのような顔つきで語ってきた。帰宅部というのはあって無いようなもので、まず帰宅部の生徒を見たことがない。全校生徒は何かしらの部活動に入っている。その上帰宅部はあまり印象が良くないから、高校受験の内申点に響く可能性もあるとのことだった。えらいこっちゃだ。全校生徒のほとんどが必ず何かの部活に入っていて、それを三年間も続けているなんて、何もかも信じられなかった。さて困った。こんなわたしでも今から入れる保険があるんですか?そんな顔で姉に助けを求めたところ、ほな水泳部入ったらええやん!夏しか部活無いから楽やで!と。そう、わたしの姉は水泳部だった。経験者のかなり信憑性が高い意見。何より楽というワード。わたしは一瞬で水泳部の虜になり、入部を即決したのだった。

姉の言う通り、確かに水泳部は楽だった。入部当初は4人くらいしか部員がおらず気怠いムードが漂っていて、わたしの希望とかなり合致していた。体育会系によくある努力!勝利!熱血!みたいなアツさも全くなかった。顧問もたまに来てはフラッと去っていく。夏の練習はさすがに楽じゃなかったけれど、冬になればトレーニングルームと呼ばれる謎の広い部屋で鬼ごっこをしたり、占いや恋バナをして楽しく過ごした。たまに運動部らしいことをしたくなったら、イチニ!イチニ!と言いながら校門を出て、息が上がったらのんびり歩いた。住宅街へ入り、な〜いつか家建てるとしたらどの家がいい?とか、自販機を眺めながら、今の気分やったらどれ飲みたい?と言ってみたり。もはやただの散歩だった。

そんななんでもない毎日を続けていたら、すぐに中学三年生になった。そして三年生になったからという理由だけで、友人は部長、わたしは副部長を任された。かといって、何かが特別変わるわけではない。後輩達にはあだ名やちゃん付けで呼ばれていたし、スカートが短くなろうが、首元からキラキラ光る銀色のチェーンが見え隠れしても、特に何にも注意しなかった。みんなで仲良くやれたらそれでいいと心の底から思っているだけの、全く威厳のない先輩だった。

そんなある日、顧問はわたしと友人を職員室に呼び出した。部室の掃除でもするんかな?とヘラヘラ向かうと、見たことないくらい不機嫌顔の顧問がいた。顧問は「これが部室のゴミ箱に入ってたんです。」と透明のゴミ袋に入った何かを取り出した。その瞬間、ドキッとした。煙草の吸い殻だろうか。それともどこかに飛んでっちゃう感じのクスリだろうか。一瞬でいろんなことを想像した。すると顧問はゆっくり焦らすかのように、袋からその中身を取り出した。「みたらし団子や。」みたらし団子。みたらし団子だ。正確にはきれいに食べ終えられた、みたらし団子の空きパックだった。「誰かが部室で食べてそのまま捨てたんやと思うけど、誰がやったか知ってるか。」笑いそうになるのを必死に堪えて、友人と首を振った。みたらし団子くらいで良かったと言っていいのか分からないけれど、気が抜けたというかなんとも言えない気分になった。

結局みたらし団子の犯人が誰なのかは、最後まで分からなかった。それよりもその辺りから友人に部長としての自覚が芽生え始めたことの方が重大だった。住宅街の散歩はお寺のてっぺんまで駆け抜けるランニングへと変わり、縄跳びや、いろいろなトレーニングを試すようになっていった。わたしもそれに合わせて真面目に取り組むフリを始めたけれど、熱量の差を感じてなんだか申し訳なかった。部員も部長のやる気を感じてちゃんと練習に励むようになっていく。そんな変わりゆく水泳部を見て、少し寂しさを感じた。わたしだけがずっとわたしのままなような気がした。多分それじゃだめなんだろうなと思いながらも、わたしはわたしのまま中学を卒業した。

友人には言えなかったけれど、心の中でずっと想像していた。みんなで笑い合って、気持ち良く泳いで、部室でおしゃべりをしながらみたらし団子を食べる時間はどんなに楽しかっただろうと。薄い制服のシャツですらも有り難く感じる冷えた体で、水泳後のてっぺんを突き抜けた空腹感の中で、食べるみたらし団子。甘くてしょっぱいあの団子。きっとあれは夏休み中だから起こったんだ。夏休み中だけは堂々と廊下を歩き、ついにはツーッと滑っていたわたしには、団子を食べた部員の気持ちがなんとなく分かる。みたらし団子は自由の味。もしもう一度あの頃のわたしに戻れるなら、迷うことなく部室でみたらし団子を食べるだろう。思いっきり叱られても構わない。あの不自由で自由な夏は一度きりだと教えてくれる大人がいなかったことを、今でも少し悔やんでいる。

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