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旅のパノラマとジオラマ 僕が歩き旅にハマった理由

僕の友人・知人、そして僕の以前の記事をたまたま読んでくれた方ならご存知かと思いますが、

僕は学生時代、少し変わった1人旅をしていました。

「歩き旅」です。

飛行機、船、電車、車、自転車、ヒッチハイクなど。
旅の手段は様々ありますが、
僕が選んだのは「歩き」のみの旅でした。

昔から人と同じことが大嫌いで、
小さい頃は「あまのじゃく」と言われて育ちました。

そんな僕が「聞いたことの無いやり方で旅をしたい」と思ったのはごく自然なことだったのかもしれません。

そうして、僕は大学2年の夏に京都→東京を歩き、
4年の1年間を休学し、日本一周の旅を敢行しました(未達成)。

それぞれの旅の詳細は以前に記事を書きましたのでそちらを読んでいただくとして、

今回僕がテーマに置きたいのが、タイトルにも書いた
「パノラマとジオラマ」です。

この2つの言葉を駆使して、
何故僕があれほど歩き旅に没頭し、2度に渡って(しかも2回目は休学してまで)歩き旅をしたのか、
その謎を解明したいと思います。

「あ、なるほど。だから僕は歩き旅にはまったのか」
と心底納得したので、それを皆さんに紹介したいということです。

さて、本題に移る前に、もう1つ導入のお話をしたいと思います。

今回この記事を書くきっかけとなったエピソードがあります。

先日、塾の生徒(塾講師をしてます)と一緒に某大学の現代文の過去問を解いていました。

すると、吉見俊哉さんの「観光の誕生」という文章に出会いました。

この文章の中に、長年未解決だった謎を解くヒントがあったのです。

19世紀後半からの観光の発展を考える上で見逃すことのできないのは鉄道の発達である。
鉄道旅行の誕生が、旅行者たちの風景の知覚そのものもを構造的に変容させていた。(一部省略)
それは、一言で言えば、奥行と陰影の消失、旅の風景から場所的な空間性が失われていく過程であった。

とあります。
産業革命に伴う鉄道の発明、普及。
それによる鉄道旅行の誕生が、人々の旅行を構造的に変えたのだということです。

そして、「奥行と陰影、場所的な空間性が失われる」とはどういうことでしょうか。

もう少し文章を抜粋して見ていきましょう。

産業革命前の旅の本質的な体験を構成していたあの前景の終焉を意味する。この前景越しに、昔の旅人は風景と関係を保っていた。彼らは、自分がこの前景の一部であることを自覚していたし、この意識が彼らを風景と結びつけていた。鉄道は、こうした旅行者と風景の間の相互嵌入的な関係を断ち切る。

つまりはこういうことです。
鉄道旅行以前の旅人は、風景の一部であった。
そう、ここで初めて登場します。
「ジオラマ」です。

自分が戦場の風景の一部となって、自分の体は見えない状態で操作する、
いわゆるFPSのゲームのような感覚です。

FPSをご存知ない方のために説明すると、
これはファースト・パーソン・シューティングゲームの略で、
操作するキャラクターの視点で行うゲームです。

具体的な名前を出すと、今大人気のAPEXやフォートナイトはこれに当たります。

いっぽう、鉄道旅行誕生以降の旅人は、
ドラクエなどのRPGゲームの感覚に近いでしょうか。
いわゆる神的視点で、風景から切り取られた状態で旅をするのです。

続けて本文の抜粋です。

鉄道に乗った旅行者は、遠いものと近いもの、見る者と見られる者を同時に内包していた風景の磁場から抜け出すのである。こうしてパノラマ的に世界を眺めるまなざしが、鉄道の発達と結びついて広く普及していくことになる。

ここで初めて「パノラマ」が出てきます。

「ジオラマ」的に、FPS的に旅をしていた産業革命以前と、
「パノラマ」的に、ドラクエ的に旅をするようになった産業革命以降の旅人という対比構造がここに浮かび上がります。

鉄道は、馬車と街道の関係のように風景のなかには織り込まれてはおらず、むしろそうした風景の只中を突き抜けるのだ。この疾走する速度のなかで風景は断片化され、記号化されるのである。

ここに、僕が長年抱えてきた
「なぜ自分が歩き旅にはまったのか」
という謎を解く鍵がありました。

歩き旅以前の僕は、現代人的な「パノラマ」的な視点での旅に慣れきってしまっていた。

そして歩き旅を体験することによって、偶然にも産業革命以前の旅人と似た体験をすることができた。

好き好んで昔に逆行した結果、「ジオラマ」的な感覚を手に入れることになったのです。

この「ジオラマ」感。
自分が風景の一部である感覚が、僕は堪らなく好きだったのです。

思えば「なんで歩きなの?」という質問に対して、
「風景の一部になれるから」
「電車だと一瞬で風景は過ぎ去ってしまう」
「切り取られた風景を見るのではなく一部になりたい」
と答えている自分がいました。

答えはもうわかっていたんですね。

しかし、第三者が、しかも識者の方が僕と同じことを、とても理論的に書いていてくれた。

それに偶然触れたことによって、
「何となくは掴めているんだけれど言語化できない感覚」を、
こうして言語化することができました。

これは相当なスッキリ現象で、
一緒に解いた生徒に、この文章に出会わせてくれたお礼を言いたいくらいでした。

「ああ、僕は風景の一部になれるから歩き旅が好きなのか」

と、初めて歩き旅を敢行した2014年から7年が経った今年、
やっとこさ気づいたというお話でした。

小野トロ


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