「貧しく生まれるのは君のせいじゃないが、貧しく死ぬようなら君のせいだ。」ふざけんなビル・ゲイツ
僕はこの言葉が嫌いです。
こんなことを言えるこの人も嫌いです。
おそらくこういうことが言いたいのでしょう。
生まれる環境は選べないけれど、環境を言い訳に、いつまでも成長することや挑戦から逃げていては、よりよい人生や成功は掴めない、と。
確かにこれだけ聞けば、そりゃそうだよなあ。
ビル・ゲイツ、流石だなあ、と思えるような気もします。
しかし、これは徹底的な実力主義の中を勝ち抜いた者が言えることです。
貧しい家庭に育ち、その他の環境にも恵まれなかったものの、
努力や苦労を重ねて、一流のビジネスパーソンになったというかた、
たくさんおられるでしょう。
僕の好きなサッカー選手にも、
貧しい家庭に生まれながらも成功を掴んだ人はたくさんいます。
しかし、成功者にはある程度の法則性や共通した要因が存在します。
全く同じような貧困家庭に生まれたAさんとBさん。
Aくんは成功したが、Bくんは貧困の連鎖から抜け出せなかったとします。
ビル・ゲイツの言葉に拠れば、
その差は努力、ということになりますよね。
本当にそうでしょうか。
本当に努力だけが両者を隔てる壁になり得るのでしょうか。
人生はそんなに単純なものではありませんよね。
きっと、金もない親も片方いない、満足な教育も受けられない、そこはAさんもBさんも同じだった。
けれど、偶然にも思える出会いなど、
何らかの偶発的なターニングポイントを経て、
Aさんは変わっていったのでしょう。
親身になって支えてくれる親戚がいたとか、
恩師との出会いがあったとか、
たまたま運動能力に優れていたとか。
そういった数え切れない、絡まったものを解いて分析するのもはばかられるような、
膨大なifのもと、運命が変わっていくということを考慮に入れず、
徹頭徹尾実力主義で、
お前の努力が足りないからだよ、というのは、
実はとんでもなく不平等なことではないでしょうか。
実力さえあれば世の中で浮き上がることができる。
だからみんな平等である。
これが実力主義者の言い分だと思います。
しかし、これまで見てきたように、
実は実力主義はとんでもなく不平等であることがわかります。
努力は平気で嘘をつくことなんて、
みんな薄々気づいているでしょう。
自分の膨大な努力でのし上がってきた人は、時として偶然の出会いや周囲のサポートがどれだけ自分の成功に影響を及ぼしてきたかを忘れてしまいます。
だからこそ、成功できないのはあなたが努力してないからでしょ?
なんてことを平気で言えてしまう。
そして、人間の習性として、
失敗を分析することはあっても、成功を分析することは少ない、ということもあります。
失敗に対しては、
「これをしたから失敗した」
「これをしなかったから失敗した」
と、後付けだとしても分析することには正当性を感じます。
しかし、成功してしまうと、
「成功したんだからそれでいいじゃない」
となるか、
「なんでも成功要因に見えてしまう」
という状況に陥ってしまう。
これらのことから、自分の成功において、
その成功に欠かせない要素を自分が獲得できた要因として、
それが自分の努力何%、偶然が何%、他者の支えが何%、
グレーゾーンは何%、
などと分析して把握している人はごくわずかだと推測できます。
それに、その人の成功要因や条件が、他者にそのまま当てはまるとは限らず、
それが僕がハウツー本や自己啓発本を読まない理由にもなっているのですが、
所詮他人の成功は他人のモノなのです。
なので、努力や成功、他人のせい、自分のせいなどと、
偉そうに言うことなど誰もできないのです。
私は周りの支えを受けながらこうやって成功しましたよ。
ですがあなたにそのまま当てはまるということはないので、
モデルケースとして、ただの例として参考にするに留めてくださいね。
と言う以外に無いのです。
成功した人に群がって、本を書いてもらい、
こうすれば成功する!
なんて馬鹿げたことをする時間があるのなら、
もっと内側に矢印を向けて、自分ととことん向き合うべきではないでしょうか。
外からいくら吸収して着飾ったって、
頭が肥満になるか着太りするだけだと思います。
兎にも角にも、実力主義の世界はとんでもなく不平等であること、
自分は努力でのし上がってきたんだなどと言い放てる人は一度自分が成功した理由を見つめ直すべきだということが言いたいのです。
これに関しては僕も感情論で語ってしまうきらいがあります。
論争のリングに上がってしまったらきっと論破されてしまうことでしょう。
しかし、好きか嫌いかを表明することだけは自由だと皆さんが認めてくれるならば、この記事で書いた気持ちはずっとここに置いておきたいと思います。
小野トロ
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