親子で語る『愛とは』
愛とは、何か。
大人でも答えるのが難しいこの問いに、
2年前、小2だった次女ちゃんは、
『大好きって言いたくなる気持ち!』と即答しました。
あれから2年…。
流行りの歌で「愛してる」って歌詞が出てきたことから、
こどもたちが「愛ってなんですかぁ?」とふざけだしたので、
「愛ってなんだと思う?」と改めて聞いてみました。
次女ちゃんは、ニヤニヤしながら答えてくれた。
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親子で語る『愛とは?』
(※ここからの会話は、次女ちゃん「娘」、母である私「私」と表記)
娘「愛は~…うふふふふ。嬉しい!!!」
私「なになに?(笑)愛は嬉しいの?」
娘「そうだよ!愛はー、好きってことでしょ?好きって、嬉しくない?」
私「ほぉ!!好きって思ってもらえるのが嬉しいってこと?」
娘「それも嬉しいけどね…。好きって気持ちになるのが、嬉しいなぁって思う。それが愛だなぁって。…あれ?違う???」
私「ううん(笑)違うとか合ってるとかないよ!ママは次女ちゃんの考える愛、素敵だなぁって思う。好きって気持ちになるのが嬉しいって、めっちゃいいじゃん!!!」
娘「ふふふ~♬あとねぇ、ドキドキもあるよ!!!」
私「ドキドキ?」
娘「うん!!!ドキドキは、ラブ!!!」
私「え?ラブ??愛とラブは違うの???」
娘「え!!うん。愛はみんなに、だけど、ラブはねぇ…、ひとりだけ!ふふふふ…。」
私「そうなんだね!!面白いねぇ…!!!ラブはひとりに対してで、ドキドキなのか!!」
娘「そう。嬉しい、と、ドキドキ!!!」
私「へぇ~!!!次女ちゃんの考え、やっぱ、ママ好きだわ~。面白い!」
娘「そお?…あー、ドキドキってさ、なんだろ…。興奮、なんだよね。」
私「興奮?!!」
娘「うーん。キュン!みたいなのもあるけどぉ、『好きぃぃぃ!!!』みたいな。それって興奮じゃない?」
私「へぇ~!!!めちゃくちゃ好きなのが伝わってくるんだけど(笑)」
娘「そうそう。友達の好きと、好きな人の好きと、違う。」
私「ほぇ~…。なんか、ママ的には、次女ちゃんから興奮って言葉が出てくると思わなかったからめっちゃ面白いんだけどさ。今の聞いたらすごい伝わってきたわ。好きな人にしか興奮しないんだね。」
娘「みんなにしてたらやばいでしょ!!(笑)じゃあ、ママは?愛って何?なんだと思う?」
私「えぇ!!愛かぁ…。うーーーーん。今はねぇ…、ジグソーパズルみたいに探してる。かな。」
娘「え?パズル?バラバラなの?」
私「そうだね(笑)バラバラというか、まだ探してるの。分からないの。でもね、ちゃんとあるの。完成するまで、合うピースを見つけてる感じ。」
娘「ふーん。大変そうだけど、なんか楽しいね!!私パズル大好き!!!」
私「そうだね。面白いよね!!次女ちゃんパズル大好きだもんね。」
娘「うん。ここに合うのないかなぁって探してて、見つけてハマった時、すごい嬉しい!!どんどん絵になっていくのも楽しい!!」
私「そうそう。そんな感じ。」
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想いを言語化することを日常に取り入れる
こどもたちの発想や言葉に、いつも感動を覚えます。
その時感じたままに、浮かんだ言葉を真っ直ぐ伝えてくれる。
その言葉の中には、こどもたちの想いがたくさんつまっている。
本当は1つ1つ、もっと丁寧に聞いてみたいんだけれど、質問をたくさんするとわりとすぐ飽きてしまうから(笑)
今はまだ、さくっと聞いて、わちゃわちゃ話して、終わりにしてます。
それでも、自分の中には到底浮かばないような考え方や感じ方を教えてくれるので、こどもたちと話すのがいつも楽しくて仕方ない。
そして、こうやって少しずつ、言葉や感情について想いを言語化することを日常に取り入れていくと、こどもたちも慣れてくるんですよね。
ママからの質問に対しても、はじめは一問一答だったのに、自ら話を広げてくれるようになったり、違う角度から考えるようになったりと、『考えること』『伝えること』が上手になっていっている気がします。
自分の想っていることを伝えてみて、「それ面白いね!」「すごいね!」「なんでそう思うの?」とリアクションが返ってくるからか、以前より恥ずかしがって黙っちゃったり、合ってるかなって確認しながら話すことも少なくなってきました。
ちなみに、
『自分の意見を言える』『自分の想いを相手に伝える』
ここは、私自身がこどもの頃から全然やってこなくて、大人になってから苦戦してきたところだったので、こどもたちには、こどもの頃から経験して欲しいなと思っているのかもしれません。
まぁ、あとね、純粋に楽しいのです!!!私がね(笑)
こどもたちとこうして考えてる時間とか話せる時間が本当に大好き!!
話してる途中に、急にお尻ふりだして踊り出しちゃうこどもたちも大好き!!一緒に踊っちゃう!!(笑)踊りながら質問することもある!!
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と、話がそれましたが、最後に、
「愛をジグソーパズルみたいに探している」と話した部分について書き残して結ぼうと思います。
私にとって『愛とは』
2年前に次女に質問をした時、私自身の考える『愛とは』は、『生まれてきてくれてありがとう』でした。
存在そのものを肯定する。いてくれるだけでいい。
生まれてきてくれてありがとう。そんな想いで相手と接すること。
それが愛である。
と、当時の私は話していたんですよね。
その『愛』の捉え方は、今でも変わりません。
大好きな人達、大切な人達に、そう感じる場面も多いです。
ただ、今思うのは、この愛を自分に対しては向けられていなかったなぁと思うんですよね。
自分のことを、後回しにしすぎてしまった。
誰かを愛することが私の幸せであることは間違いないけれど、心身のバランスが崩れるまで、過剰に与えることばかりしていたんです。
そして、自分に対して向けられている愛に対しても、あまり疑わずに生きてきたんです。それがたとえ相手の欲望のためだったとしても。少なからず、違和感は感じながらも。
もしも、
存在そのものを肯定してくれる。いてくれるだけでいいよ。
生まれてきてくれてありがとう。そんな想いで私と接してくれること。
それが愛である。
こんな風に感じられる人達と生きていけたら。
こんな風に自分自身に対しても、愛し、大切にしていけたら。
(考えるだけで涙が溢れちゃうよね)
そう。
今、私が考える愛には「受容する」だけではなく、
「境界線をつくる」ことも、「無理をしない」ことも含まれるんですよね。
それは自分のためでもあるし、実は相手のためでもある。
受容しないことも愛だ
って思うんです。
自分を護ることも他者に対する愛だよね、とも。
ただただ与え続けて、受け止めるだけが愛じゃない。
とは言っても、ずっとやってきたことをやめたり、変えたりするのはなかなか難しい。
それでもまた、愛ってなんだろうって考えていきたい。
一度バラバラになったからこそ、また組み立てて、完成させられる景色があると思うんです。
もしかしたら、未完成のまま人生を終えるかもしれない。
それほどに、壮大なチャレンジのようにも感じるけれど、ピタっとはまる瞬間もあるだろうから。
探す時間や過程も、「見つけた!!!」と感じられる瞬間も、楽しんでいきたいなぁと思う今日この頃です。
そして、こどもたちの時期によって変わりゆくであろう『愛とは』も、そっと見守っていきたいな。