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「ドント・ウォーリー・ダーリン」、シャマランだったらもっと面白くしただろうけど、オリビア・ワイルドなので、面白いだけでない映画になったのはとっても良かった気がする。
自分の周りでイマイチ評価が低かったオリビア・ワイルドの新作「ドント・ウォーリー・ダーリン」ですが、なかなかネジレた感覚が湧き出てきて面白かった。 おそらく、前作のブックスマートの延長線上を期待してた人が肩透かしを食らった、もしくは映画の設定的に無意識にシャマラン脳が稼働して物足りないなーとなった人が、からい評価をつけてるのかなーと思いました。 私も、ある程度のシャマナニストなので、前半の卵の中身がカラだったりするあたりから、「うーん、なんだかちょっとつらい。ハプニングあた
"デヴィッド・ボウイ"がないと成立しない。そんな映画をみなおす。---汚れた血、ジョジョ・ラビット、ドッグヴィル、オデッセイ。
映画のなかの「キャラクタ」は架空の人物で、どこに行っても会えるもんではないはず。2時間終われば彼らは目の前からは消えてしまう。 でも、たまに「ああ、このキャラクタいるわ!実際にいるよ!」となる瞬間があるんです。それは"実際の世界に似ている人がいる"とかではなく、そのキャラクタを象徴する音楽が流れる瞬間。自分が実際に聴いてきたポップミュージックが、キャラクタの内面、置かれている状況を象徴するように使われたとき「ああ、同じ曲で自分も同じような気持ちになった。だらか、こういう奴は
「ダ・ファイブ・ブラッズ」が蘇らせるカーツ大佐とウィラード大尉。この映画を見たら、地獄の黙示録、ランボーも見直すとよいかも。
Black lives matterのデモの盛り上がりもあって「ドゥ・ザ・ライト・シング」を見直したばかりなのに、スパイク・リーが新作「Da 5 Bloods」を公開。これが、黒人のプロテスト映画というよりも何世紀も続くアメリカの混沌を描いたすごいスケールの映画なのに、スパイク・リーの小気味よい演出もあいまって、まれに見る大傑作。ということで、なんでこの映画が、かつてのスパイク・リー映画以上に、私に"ささる"のか考えてみました。 「ランボー」を否定しながら、ものすごく「ラン