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繊細であることを悲しまないで

些細な挙動や声色を感じ取れず、表面の世界で生きる人ほど、繊細な人を傷つける。
たった数十、数百文字の言葉や、簡単な自己紹介や、他人から見聞きした情報だけで、他人のことを分かることができると思っている人が多過ぎる。
例え一つ同じ経験をしているからといって、その経験の捉え方は一人一人違う。
一番身近にいる人ですら全てを理解し合っているわけではないのに、ただ知っている、関わっているというだけで理解できるはずがない。
物事に対して早くに答えや結論を出せるようになった、いや、出すことを求められる機会が多い昨今、人間は人間に対しても、早くに結論を出したがるようになってきたのではないか、と思う。(判断すること自体が人にとって快感だ、というのも本で読んだことがあるが)

感覚の鈍い人、他人に対して非情な人、機嫌で他人を左右できる人、他人の痛みを知らない人、そういう人達が、責任感があって繊細な人達の心にある草原を容赦なく荒らしていく。荒らし続けていることにも気づかず、苦労なく生きている。むしろ繊細である人達の方に問題があって、メンタルが弱くて、気にしすぎで、考えすぎで、甘えすぎなのだと言う。自分の心の草原には一輪の花もなく雑草だらけで、繊細な人達の草原には丁寧に育てた花たちが咲いているから、「お前らも花なんて大事にしてないで俺たちみたいになれよ」と言っているように聞こえる。

私の身近にいる友達は、心の中に沢山の花を咲かせている人達ばかりだと思う。
会えばいつも眩しく、私を肯定してくれるあなた。
自分のもどかしい悩みや苦しさは見せず、ただいつも親身になってくれるあなた。
この世で一番明るい人だけど、大変なことを乗り越えていたあなた。
いつも、いつも優しく、周りからも優しいと言われるくらいとてつもなく優しいあなた。
充分すぎるほど優秀なのに、身体を壊すほどに自分を追い詰めるあなた。
あなたたちが傷つくことのない社会になってくれたらいいな。
でも人任せじゃ困るから、私も何か貢献したい。

「こうだから優秀とか、こうだから駄目とか、そんなのないはず」
大学生の頃からそう思っていた。 
でも周りでは、女の子は痩せている方が可愛くて、二重の方が可愛くて、恋人がいた方が良くて、成績優秀な方が良くて、愛想がいい方が良くて、沢山のお金を稼いでいた方が良くて、夢を持っていた方が良くて、そういう基準を思い起こしたらきりがないくらい私達の気持ちは誰かの言った多くの基準に埋もれている。
そんなのおかしいよ、誰もが平等だよ、という声すら、綺麗事だと言い捨てる人がいる。

でも繊細な人は、その綺麗事を大切に心に留めたまま生きられると思う。そしてそれは言葉ひとつで人を殺めることのできてしまう世の中で極めて大切な長所だと思う。

「繊細」だからといって、自分を悲劇のヒロインのように捉えてはいない。
自分を駄目だと思ってもいない。
たった一言が心に刺さっても、誰かの声色や目線が怖くても。1人だけ傷ついても。
繊細だからこそ些細なことがとても楽しく幸せに感じられることもある。
誰かの、心の奥に抱えた悩みに気づいて、声をかけることができる。
人の一番欲しい言葉を贈り物のようにあげることができる。
同じように繊細な人たちと理解し合うことができる。

些細な言葉に自信を失いがちな人たちへ、その人たちこそ自分を誇ってほしい。
日常生活で嫌なこともあるかもしれないけど、あなたの気質を捨てちゃだめだよと言いたい。

私もまた、1日の中で色んなことにびびってばかりだなと思う。少しの声色、目線が怖い。他人は何を考えているか分からない。
こんな些細なことで動揺してさ、とか、もうちょっと何も考えないで生きたらいいのにね、とか思うこともたまにある。だけど、他人の苦しさを感じ取れないような人にはなりたくない。
だから、繊細さもギフトだと思って過ごすことにしている。

繊細さこそ、あなたが一番愛するべきものなのだと、せめてこれを読んでくれた人には伝えたい。

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