見出し画像

例え“過去に囚われている”と言われても。

前置き

まーちゃんです。
初回記事、好きなように書いてたら信じられない位長くなってしまったー!わー!すみませーん(笑)
にも関わらず、スキ!やフォロー頂けるとは思いもせず…
Twitterの延長みたいな感じで頂いたスキ!やフォローだとは思うのですが、意外すぎて久々に『嬉しい』だとか『希望が湧いてきた』なんて気持ちに。本当にありがとうございます。

自己満くらいの気持ちで始めたnote。
別に誰に見られなくても構わない。自分の気持ちの整理場所にしか過ぎないんだから…なんて思ってたんですが、綺麗事でした(笑)
もし本当にそう思うならiPhoneの純正メモにでも書き溜めておけば良い。なぜそうしなかったのか。何故でしょう。自分でもぼんやりとしかわかりません。でも誰かに見られているかもしれないという緊張感が欲しかったのかもしれませんね。
さて、少し長い前置きになりましたが本題に入りたいと思います。

“過去に囚われすぎだよ”と母に言われて思った事。

昨日(10/22)はたまたま母が休みだったのと、少し相談事があったので色々話していました。
すると母がこう言うのです。
『貴女は過去に囚われすぎなんだよー』
うーん。簡単に言ってくれるものだな、母よ。
きっと私は今、狭間にいるのだと思います。
“過去を受けいれ、未来に向かって生きようとする自分”“こんな事を受け入れてたまるか!ふざけるな!このまま無かった事になるなんて絶対に許さない。この背負った十字架の重みを父親に思い知らせてやる!父親に代償を払わせてやる!この怨み、忘れるものか…!”

簡単に言うとこんな感じ。
こうして書き出してみるとわかりました。
私、まだ全然受け入れられてないですね。
自分の人生丸ごと。
もう30年も生きてきちゃったんだからさ、あんま気になさんなって。もう終わった事じゃん、とっくの昔に過ぎた事じゃんって。
世間はおそらくそう言うでしょう。
母もきっと「辛さはわかるけどさ、もうさ。」
そんな気持ちで囚われすぎと言ったのでしょう。


私が今の現実を受け入れられないでいるのは

①自宅療養中の為、日常に刺激や変化をなかなか起こせない環境にいる事(大学が音楽大学だった事もあり余計にその差が私を苦しめているのでしょう)
②生きているんだなと思える様な実感があまり湧かない生活を強いられている事(病気により働けない・社会の何の役にも立てていない・何かに打ち込もうとしてもうつ病や他の疾患がそれを邪魔してくる等)
③うつ病による喜びや多幸感等の消失、その他今まで興味があった事に対しての気持ちが勝手に喪失してしまう事
④カウンセリング不足これに尽きるのではないか
と分析しました。

①に関しては少し打開策が見つかり、読書という趣味が出来ました。(うつの症状が酷い時は出来なくなってしまうんですけどね)
実はnoteを書き始めたのも読書(活字)に抵抗がなくなったからなんです。それまでは活字は苦手だと思い込んで避けていたし、全く頭に入ってこないし読む気も起きないし、せいぜい漫画位しか無理でした。人間生きてると“まさか”ってものに遭遇するものなのですね。
ただ私の場合、心を休める為の何も考えずにする気楽な読書ではなく、芸術やスポーツの世界で最前線で何10年も生き残り続けている人達の書いた生々しくて泥臭い本を主にメルカリで安く仕入れて毎回衝撃と発見の連続を繰り返しながら読み漁ってます。
普通に生きているだけでは到底到達出来ない研ぎ澄まされたプロの方々による表現への姿勢やメンタル面の持ち方、技術面のカラクリ、業界の諸事情等について書かれた本・森田療法・哲学書などなど…が主です。
自分でも思うんですが、なんでこう、クソ真面目なんですかね(笑)何も考えないでガバガバ笑ってあー楽しかった!はい終わり!次行こー!みたいなそういう生き方がいつか出来るようになりたいです。(決して馬鹿にしてる訳ではなくて…)

余談ですが、今ある本を読み終わったら今度は普通の小説や文学にも挑戦出来たらなと思っていたりします。
(物語で出来れば登場人物の事を深く理解出来る物・書き手が何を伝えたいかを理解する・古典芸能や現代的なもの・様々なジャンル)
本当はファンタジー系とか好きなんですが好きな物には嫌でも目が行くのが人間だと思うので。好きな物ばかりに染まるのも芸がないと思うんですよね。知らない世界をもっと知って沢山衝撃を受けて自分の常識とか枠とかタガとか取っ払いたいですね。

結局、私は過去に囚われずに生きていけそうか。

Twitterと違って文字制限がない分、容赦なく話題がだいぶ逸れましたね(笑)お許しください(笑)
本題に戻りましょう。

人にはありがたい事に“忘れる”というシステムが備わっています。そのシステムを作動させるには満たされている・安心感などが必要なのかもしれません。あるいは忘れる程、忙しい毎日になればいいのかもしれない。
しかし今の私でそれらを実行出来るかと言うと全く出来る自信がありません。
もしかしたら囚われずに生きる方法は他にあるのかもしれません。カウンセラーさんとこれからまたコツコツ対話を重ねて、自分をあるべき姿へと成長させてあげたい。そんな気持ちでいっぱいです。

本日もまただいぶ長くなりましたね(笑)
お疲れの所、ここまでお読みくださり誠にありがとうございました。

毒親で苦しんでいる方・特殊な家庭環境や養子などで育った方・うつ病やトラウマやフラッシュバックで苦しんでいる方・カウンセリングを受けている方など様々な方の背中を押せるようなそんな文が綴れたらと思います。どうぞ宜しくお願い致します。