クラフトビールが好きすぎて、ついに自分で醸造した話
イギリスのクラフトビール文化にすっかり魅せられた自分ですが、留学先のMBAコースの修士論文もクラフトビールのマーケティングをテーマに執筆しました。その話は、また別の機会に書きたいと思っていますが、研究にあたって日本とイギリスのクラフトブルワリーの方に取材を実施し、ご協力いただきました。その中で、日本の醸造家の多くの人が言及されていたのが、日本ではビールの醸造が免許制なため、クラフトビールの質がなかなか向上しないと言う話でした。
例えるならば、日本国内では趣味や遊びでサッカーをすることが禁止されているようなものです。公園で友達とボールを蹴ることが違法とされ、サッカーをプレイしたければクラブチームに所属しプロ契約するしかないと言う状態。W杯を観て憧れ、自分もやってみたいなと思っても、アマチュアにはピッチに立つことすら許されないような状態。日本だけそんな状態だったら日本代表やJリーグは強くなりようなありません。例えがあまりに極端で、逆にイメージしにくかったかも知れませんが、日本のビール業界、そんあ状態なのです。
世界にはおもしろいビールがたくさんあって、それを2人や3人の小規模のブルワリーが作ったりもしていて「自分もやってみたい!」と思っても、日本ではそれが出来ないのです。クラフトブルワリーとして起業するか、ビール会社に就職するしか。あのBrewdogだって「飲みたいビールがない!だったら自分たちで作ろうぜ」と2人と犬1匹で醸造をはじめ、地元のビールコンテストで優勝したことが出発点だというのに。
酒税法の改正によって少量生産でも醸造免許が取れるようになりました(それでもビールの製造免許は年間60kl以上の製造が必要)が、その手前の「試しに」や「練習」の段階が規制され「違法」となっているのです。酒税法第7条および54条によると・・・
酒類の製造免許を受けないで酒類を製造した場合は、10年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処せられるほか、製造した酒類、原料、器具等は没収されることになります。
どうしてビールを作ったらダメなのか?
先進国ではアルコール飲料の自家醸造が完全に禁止されているのは日本だけです。「販売」には免許が必要だったり「高アルコール濃度」は禁止されている国はあっても、自宅でビールを作ることにお咎めはありません。どうしてなのか?調べてみると、歴史的な背景があることがわかりました。
自家醸造を禁止する酒税法の起源は100年以上前になります。明治政府の富国強兵政策のため税収の増加が必要になり、目をつけられたのが「酒税」でした。明治35年には、国の税収の実に36%が酒税だったようでその効果は理解できます。しかし、現在(平成28年度予算)では酒税は税収のうちの1.3%でしかなく、税収における酒税の重要度はさがっています。さらにその酒税の税収も、自家醸造を認めたところで減らない気がします。大口の販売にだけ酒税を課して、個人で楽しむ範囲の自家醸造は認めたら、何が問題なのでしょうか?
ちなみに関連する別の問題として、日本のビールに対する税金は諸外国に比べて圧倒的に高いです(アメリカの10倍以上)。これもクラフトビールの発展を阻害していることは間違いありません。日本政府が抱える他のいろいろな問題からしたら優先順位は低いのかも知れませんが、過去の惰性であれば法改正すべきだと思います。
イギリスではもちろんビール醸造OK!
前置きが長くなりました。イギリスでは街のスーパーマーケットでも、ビアキットが普通に販売されています。ビール作りを趣味にしている人も多く、ビアイベントに行くと、クラフトブルワリーのブースで熱心に製法を質問しているお客さんもたくさん見かけました。これは、一度やってみない訳にはいきません!さっそくIPAにトライしてみました。
これはMashの工程。ぐつぐつと煮詰めgrainからsugar、colour、flavourを引き出します。キットには温度計も付属していてしっかり管理します。ビール好きにはたまらない良い香りでした。
今回、挑戦したキットでは1ガロン(約3.8L)製造できます。これを多いとみるか少ないと感じるかは人それぞれですが、4リットル近い液体を煮詰めたり、それを濾したりするには、理想的にはパスタ鍋のような大きなサイズの鍋が3つか4つ必要になり設備のハードルがあります。ありったけの普通サイズの鍋を使って、分割対応したので小さいロスやミスが生まれた気がします。
Fermentation(発酵)の工程。イーストが糖分をアルコールに変えていきます。ポコポコとイースト菌が呼吸している音が愛おしかったです。直射日光を避けた涼しいところということで机の下に。約2週間寝かせます。
Bottling完了。しっかり封のできるボトルもスーパーマーケット(Wilco)で手に入ります。サイフォンを使ったボトリング作業もアマチュアには簡単ではありません。味見してみましたがこの段階のものは美味しくないです。ここでCarbonationのために少量の蜂蜜を足します。糖分が発酵の過程で眠ってしまったイーストを再び起こし、ビールに炭酸を付加してくれます。瓶詰め後、また2週間寝かします。
約1ヶ月の工程を終え、冷蔵庫へ。1日冷やして、栓を開けた時の勢い良い「ポン!」は忘れられません。「ちゃんと炭酸ができてる!」嬉しかったです。
肝心の味の方ですが、美味しいクラフトビールを毎日のように飲んですっかり舌が肥えてしまっている状態からすると「やばい!おいしい!」と絶賛できるようなクウォリティではありませんが、ちゃんとIPAの味がしているし、このレベルのビールはパブでも提供されているように感じました。めちゃくちゃ美味しいわけじゃないけれど、飲むには十分なクウォリティと言ったところでしょうか。
反省点としては写真でも分かるように「濾過」が完璧でなかったため、底にキメの細かい澱(おり)のようなものが溜まってしまっています。アマチュア設備の限界ですが、この部分が割と味に悪影響を与えているようで、底の方1割程度は美味しくありませんでした。澱が混ざらないように丁寧に注ぐ必要もありました。
今回、自家醸造してみて良かったのは、やってみなくちゃわからない学びがたくさんあったことです。まず、やっぱりプロの素晴らしい作品は、例えば柑橘系の香りが絶妙にブレンドされていたり、口当たりや飲み終わった後の感触など細部まで徹底的に計算されているんだなと、当たり前のように飲んでいる日々のビールのありがたさに気がつきました。そして、ビール作りには、とにかく「清潔」が第一だと身にしみて分かりました。発酵がビール醸造のメインプロセスなので当然ですが、殺菌滅菌が肝心になります。設備上の限界を感じることもあり、小規模生産だと品質にむらができてしまうのも分かりました。しかし、ビール醸造は「サイエンス」であり「センス」や「感覚」に加えて「計算」と「理論」で美味しく作れるであろうことも分かりました。
日本では酒税法のハードルがあり気軽に挑戦できませんが、是非、まてやってみたいと思いました。
酒税法に関して詳しくは下記リンクの税理士さんのブログが大変わかりやすいので(論文執筆の際にも参考にさせていただきました)、詳しく知りたい方は読んでみてください。