- 運営しているクリエイター
#短編小説
【短編小説】セピアの車窓
「もうすぐ着くよ」
そう言って向かい側に腰掛けるキミの肩を軽く揺する。何度目かの試みで目を明けたと思ったのも束の間、キミはまた船を漕ぎ始めた。
僕がもう一度キミの肩を揺すろうと、軽く座席から腰を浮かせた時だった。
─発車します。閉まるドアにご注意ください。
そんなアナウンスが聞こえた直後、出入口のドアは閉じ、乗っていた電車が次の駅に向かい走り出した。
ああ、また降り損ねた…。
心の中でそ
【短編小説】恋を知らない
「佐倉ちゃん、おはよー」
佐倉水野(さくら みずの)。名字のようだが、『水野』は名前である。私個人、名前についていじり倒されるのは好きではない。
初対面の人にはよく「どっちが名字?」と訊かれたりいじられたりするので、ここで先手を打っておく。
そして周りのクラスメイトや友達や幼なじみ達は、何故か私のことを名字プラスちゃん付けで呼ぶ。
ある一人を除いては。
「おはようございます。高野さん」
い
【短編小説】敵わない
「はい!また私の勝ちー!!」
言いながらあいつは、手に持っていた番号の揃ったトランプを、こちらにわざとらしく開示してみせた。
「ホント分かりやすいよねーキミ。ぜーんぶ顔に出るんだもん」
「そんなにか…?」
「だってさ?ババを引いた時はすんごい苦い顔するし、私がババに手をかけると口元緩むし。真剣にやってキミに負ける方が難しいよ」
「これでもポーカーフェイスで何考えてるか分からないって言われる方なん
【短編小説】ある家の或るあの子
「うわー暑いー…」
それ何回言うのよ。でもまあ最近は、猛暑というより酷暑な時もあるもんね。
「なーんでこんな時に限ってエアコン壊れるかなーもー…」
本当にそうだよね…。必要な時に必要なものが見つからなかったり、必需品なのに稼動させようとしたら今回みたく壊れちゃったり。それが世の常みたいに私は諦めているけれど。
ん?あれって…。
「あ!ちょっと!
そっぽ向かないでよー!」
ああ、ごめんごめん
【短編小説】青い春にさようならを
大きな音が店内に響いた。
目の前の彼女が思いきり机を叩いた為に出た音だ。
「僕は本気だよ」
彼女の目を真っ直ぐ見つめて言った。彼女が我に返り席に座り直したところで、僕は改めて、ゆっくりと告げた。
「別れよう」
まさか自分からこの関係の終わりを宣言する日がくるとは。人生、何が起こるか分かったもんじゃないな。
彼女が店を出た後、再び静けさが戻った喫茶店内で1人、そんなことをぼんやり考える。
そ
【短編小説】魔王様のおしごと
「ふふふ…よくぞここまでたどり着いた。勇者よ」
お決まりの台詞にお決まりの動き。俺達は所詮、プログラミングされたデータでしかない。
「魔王…!今度こそ貴様を倒してやる!覚悟しろ!!」
声高々に宣言し、目の前の女勇者は俺に飛びかかる。この戦闘シーンもきっと、誰か別の世界の住人が組み込んだものなのだろう。
それに気付かない彼女は幸せ者だな。
そう思いつつ、俺は女勇者に照準を合わせ、雷の魔法を撃ち込