【短編小説】悪党
もし。そこの人。
今からどちらへ行かれるので?
仕事帰りで真っ直ぐお家へ向かわれるのですね。なるほどなるほど…。
一つだけ忠告しておきましょうか…今日は帰られない方が宜しいかと。
いいえ、私は霊能者でも占い師でも御座いません。しがない浮浪者です。
浮気がバレそうだからと今夜は家族のご機嫌窺いをしようと思っておられるようですが、今更なことですよ。何故って、あなたの心に既に家族の居着く場所はないではありませんか。それに…。
おっと、いきなりどうしました?ナイフなど振りかぶられて。それで私のことを刺すおつもりで?
ふふふ、やはりあなたは変わっていませんねえ。世帯を持とうと幾ら時が流れようと、人間の本質はそう簡単には揺らぎません。
先刻私はあなたに、家族サービスは今更なことだと言いました。その意味はお分かりで?
そうですか。声を聞けば多少思い出すと思ったのですが…。
この顔を見てもそんなこと言えるか?
ちっ、みっともなく悲鳴あげて逃げてんじゃねーよ。お前が俺の顔と体をこんなになるまで切り刻んだんだろうが。
あー…、家に逃げ込む気か。俺があいつのしてきたこと、家族と友人と会社の奴らにぜーんぶ話したとも知らずに。あいつ、明日からどんな顔して生きるんだろうな。まあ今更興味すら湧かないけれど。
今まで自分がしてきたことのツケがまわってきたと諦めるんだな。お前が俺をこんなにしたせいで、俺の命も長くはない。
だから最期にちょっと復讐して、罪の意識でも植えつけてやろうと思ったんだが…まさか尻尾巻いて逃げるとは。
精々、その罪の重さを死ぬまで背負っておけ。悪党気取りの小物が。
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