【短編小説】セピアの車窓
「もうすぐ着くよ」
そう言って向かい側に腰掛けるキミの肩を軽く揺する。何度目かの試みで目を明けたと思ったのも束の間、キミはまた船を漕ぎ始めた。
僕がもう一度キミの肩を揺すろうと、軽く座席から腰を浮かせた時だった。
─発車します。閉まるドアにご注意ください。
そんなアナウンスが聞こえた直後、出入口のドアは閉じ、乗っていた電車が次の駅に向かい走り出した。
ああ、また降り損ねた…。
心の中でそうぼやき、僕は軽く肩を落とした。
僕は今、向かい側で眠ってしまっているこの子の思いつきからの電車旅に付き合っている。
電車での旅、といっても簡素なものだったりする。
普段僕が帰路に着く際に途中下車する最寄り駅に降りず、終点まで乗ってそこで電車を降りて、別の折り返す電車に乗り直して最寄りの駅まで帰ってくる…というものだ。
でも、と僕は息を吐く。
一体これで何往復したのだろう。この子はこのまま終電まで乗っているつもりなのだろうか。
まあ…この後も明日も時間は空いているし、僕は別に構わないけれど。
席に腰掛け直して電車に揺られていると、何だか僕まで瞼が重くなってきた。暇潰しに持ってきていた小説も読み終わってしまったことだし、僕はそのままその心地良さに身を委ねることにした。
「お客様、お客様」
何度か軽く肩を揺すられていたらしく、その何度目かの揺れを感じて目を明けた。
「もう終電なので、降りてもらえると…」
その時間帯を担当していたらしい車掌らしき人に促され、ホームに降り立つ。それから寝ぼけ眼のまま、辺りを見回した。
そういえば昔、夏休みの時期に旅行先で知り合った子と、こうして終点まで電車でプチ旅をしていたような…。今ではその子の顔も声も思い出せないけれど、凄く楽しかったなあ。
というか、何で今更になって子供の頃のことなんか思い出したんだろう?
もう時間的に、タクシー捕まえて帰るしかないな。
財布の中身を確認して、私は地上のタクシー乗り場を目指し、ホームの階段を昇って行った。
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