2/2と4/4の差別化
ブラームスop98の開始には漲った緊張感がある。そのアウフタクトの裏拍にある四分音符は、一見シンプルだが、見事なくらいにその緊張感の位置を表している。
聞いた記憶の上なぞりではわかりにくいがこのallegro non troppo は4/4ではない。2/2で書かれている。つまり、この有名なH音は「4拍め」ではない。「アウフタクトの裏拍」にその位置がある。この四分音符の前には書かれていないが四分休符がある。この事実を忘れてはいけない。アウフタクトはその見えない休符によって面積を削り取られた位置にある。それ以上縮少することのできない限界的な面積だけが許されている。そのような、断崖絶壁から足を踏み外す危険がある限界的な位置にそれがある。その際どい位置にある。
だが、その危機的な位置から落下しないでいられる理由は、この開始の四分音符は小節の中の2分音符とスラーで結ばれているからだ。つまり、この開始は小節からはみ出した位置にある付点2分音符なのだ。その半分以上の面積が小節の安定圏の中にあるから、ギリギリのところで落下しないでいられる。だが、その位置を物理的に考えると、いかに危険な場所であるかがわかる。
この第1主題が極めてクールなのは、その一見不安定な状況を滑るように渡り切っていく姿のためだ。2/2の小節運動の中をシンコペーションのボードに乗って乗り切っていく。その運動神経の良さ、バランス感が楽譜から伝わってくる。このずれたシンコペーションのアクセントが滑るための腰の動き、あるいはキックを感じさせる。この第1主題は、ある意味、とてもスポーティーで、スタイリッシュな外面を見せているのだ。allegro だ楽譜non troppoでというテンポ感は実に適切な表現に思えるのだ。もちろん、僕自身が見ているそのテンポ感は、一般のそれよりはかなり軽い。
とにかくこの楽譜の設定は4/4ではない、ということがとても重要なことなのだ。2/2というリズムの弾力感を見失った、暗くて重い演奏は完全に楽譜から逸脱している。楽譜の素材を利用した全く別の作品になっているとしか言えない重暗いものになってしまっている演奏は少なくないのだ。
2/2におけるアウフタクトは、小節運動の反発力で生じる。2分音符で叩いたボールが壁に当たっで返ってくるようなリズム感だ。つまり、アウフタクトの2分音符は叩くものではなく、受けとめるもの、あるいは引き出すものだ。この感覚の違いがわからないと4/4との差別化は実現できない。
作品にいろいろなイメージを持つのは自由だ。だが、楽譜の事実を越えてまで、そのイメージを作品に押し付けるのは横暴だ。たとえそれがマジョリティなものであったとしてもだ。
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