【2024 読了No.59】『男が痴漢になる理由』(イースト・プレス)読了。
作者の斉藤章佳氏は、精神保健福祉士・社会福祉士。現在、西川口榎本クリニック副院長。
約20年に渡りアルコール依存症を中心に性犯罪・児童虐待・DVなど、さまざまな依存症問題に携わってきた。専門は加害者臨床で、性犯罪者の再犯防止プログラムに携わってきた。著書『子どもへの性加害 性的グルーミングとは何か』(幻冬舎新書)等多数。
著者によれば、
「痴漢を突き動かしているものは、性欲だけではないのです。さらにいうなら、すべての性犯罪の動機を性欲だけに求めると、そこにある暴力の本質を必ず見誤ることになる」である。
痴漢行為も含めた性暴力の本質は、性欲というより、「相手を自分の思いどおりにしたい」という、支配欲なのである。
だから、仕事がうまくいかない、上司に叱られたなど、自分が精神的に弱っているときに、性的刺激でその弱さを紛らわし、更に自分より弱い者を支配して優越感を覚えようとして痴漢行為を行うらしい。
随分身勝手な考え方だよね😔😔😔
そんな身勝手な考えができてしまうのは、彼らの認知が歪んでいるから。そして、その「認知の歪みの奥底には、その人がそれまでに培ってきた〝女性観〟があ」るからだという。
女性は男性に従うべきとか、女性は男性の下だとか、「日本社会にはいまだ根強く残っている性差別や男尊女卑の概念」を痴漢は「自分自身の価値観として内面化している」わけである。
既に歪んでいる女性観を痴漢は、更に自分に都合よく歪ませていく。露出の多い服を着た女性は痴漢に触られても自業自得だとか、女性は本当は痴漢を喜んでいるとかである。
困ったもんだ😔
それよりショッキング😱だったのは、「彼らにとって痴漢行為は〝生きがい〟だということ。人生でこれほど夢中になったものはないというくらい、その性的逸脱行動に耽溺し、自分より弱い存在を虐げることで支配欲や征服欲を満たしてきたのです。」という指摘である。
痴漢等性犯罪を犯す男性は総じてコミュニケーション力がなく、趣味が少ないらしい。
そもそも、コミュニケーション力が不足しているとはどういうことか?
まずは、
「自分の都合のいいように歪めて話をしたりといったことを日常的に行う」ことだと思う。当然、他者からみたら、単なる"嘘つき”にしか見えないのだが、本人には"嘘をついている”という自覚さえないことが多い。何故、自覚が無いかと言うと、こういう人は認知を歪めることが慣れ症になっていて、現実と自分の理想との区別がなくなるからである。
この本の筆者は、「コミュニケーションが不得手」だから「他者を尊重できない性質」になり、「ストレスのはけ口を弱い者に求め、相手を征服、支配したいとい」う欲望がわき、その欲望が「露呈したのが痴漢行為」としている。ここについては、私は因果関係としては逆だと思っている。
「コミュニケーションが不得手」→「他者を尊重できない」のではなく、
「他者を尊重できない」→「コミュニケーションが不得手」なのだと思う。
そして、その「他者を尊重できない」ことの根っこは、他でもない。「自分自身を尊重できない」ことなのだ。
言い換えれば、自尊感情が育っていないから、他者との対等な関係を結べないのである。というか、他者とは対等な関係を結ぶべきだという原則さえ分かっていない。
だから、相手との力関係によって関係の結び方が違ってくる。(それも、露骨な位❗️🤪)
強い者には卑屈な程ヘイコラするのに、弱い者には、「相手を征服、支配したいとい」という欲望を持ち、その弱い者が逃げられない存在と認識すれば「ストレスのはけ口」にさえする。
この本を読んでいると、痴漢をするような人は気が弱い人が多いと感じる。仕事がうまくいかない、家庭がうまくいかない、上司に叱られた…等が痴漢行為の「引き金」になっている。これらのことは、コミュニケーション力があれば解決できるし、解決できなかったとしても、根っこに自尊感情さえあれば、「しゃあねぇなぁ~」って感じでやり過ごすこともできることではないだろうか?
コミュニケーション力がないから、人に質問したり、教わったりもできないのだから、当然、趣味も少なくなるだろう。
私は多趣味だが、多趣味になったのは、コミュニケーション能力が上がってからだ。例えば、犬とのフリスビー競技会出場も趣味の一つだ。それは、時々このブログに顔を出す犬(シェルティー)の前に飼っていた犬(ポメラニアン←ちなみにデカかった)からなのだが、趣味が続いている最大の理由は、フリスビーブロガーさんとのいい思い出があったからだ。そのブロガーさんに質問して、大切なコツを教わった。それでその犬がフリスビーの直接キャッチができるようになった。その結果、競技会に出場し、しかも会場でその方にお会いできた。しっかりご挨拶し、うちの犬を応援して貰えた。それがとてもいい思い出になった。だから、次の犬でもやりたいと思い、更に、フリスビー競技に向く犬種(シェルティー)を選んだのだ。
趣味を深めるためには、コミュニケーション力が絶対必要。
仕事や家庭だって、うまくいくにはコミュニケーション能力が必要。
コミュニケーション能力が無いから、「痴漢が"生きがい”😱」になっちゃうのである。
彼らにとって、痴漢は一つの奥深いゲームで、「逮捕」がゲームオーバー。痴漢同士が情報を交わし合うサイト(😱😱😱)なんかあって、ゲームオーバーを避ける技等が開示されている。それらを参考にして、痴漢現場環境のリサーチを用意周到にする。「魚釣りかよ⁉️」って位、のめり込むわけだ。(私、魚釣りもしてました←多趣味😅)
常習者にとって、痴漢行為は"生き甲斐”で、"趣味”で"ゲーム”なわけだから、彼らには罪悪感もない。更に傷ついた女性の心に対する想像力さえない。
当然、本気の贖罪感情もない。
釣りで言えば、外道(釣りで狙い以外の魚のこと。キス釣りで例えればフグ、メゴチ等)を砂浜の上に投げつける釣り師のようだ。
私は、メゴチ様もありがたく持って帰り、三枚下ろしして(←メゴチの三枚下ろしはかなり特殊😅)天麩羅にして、いただいている。
先ずは痴漢常習者には、自分達の自尊感情の欠如や認知の歪みに気がついて貰わなければならない。
気がつかなければ、何度逮捕しても同じ。現に痴漢は再犯率か高い。
彼らに気付きを与えるプログラムを施さず、気づかせることなく厳罰に処すだけでは問題は解決しない。
気付きのためのプログラムの大切さを広く知らしめるために、斉藤章佳氏は臨床にいそしみ、多数の著書を書き、多くの講演をこなしている。