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あしもとの影が濁りをうしなって 夏が終わった事に気づく わたしたちは手に入れる事ではなく うしなう事で思い知るいつも いつも そこに在ったものを 眠りにつくたびに 少しずつ澄んでゆくあなたの いのち、は何処にあるのだろう しろく清潔なひかりに満たされた場所で 目覚めるたびに 見知らぬ誰かになってゆくその人は 抱きしめてとさしのべた手を 振りほどいたあなた 許してとうずくまる子を つきはなしたあなた 家族という文字を こばみつづけたあなた、ではなく 慈母のようなまなざしで
鉢の中で語り続ける魚たちは、 見えもしないものを覗き込むように眼を開き続けている。 ええそうね、わたくしたちはそういったもの。 ひれの艶めきもつくり出す泡のうつくしさも水底に沈殿してゆくはいせつぶつも語りつづけることによりわたくしたちになるのです。等しくわたくしたちがそのようなモノであることに異議を唱えたりなどいたしましょうか。 水面にはじける言葉は、ことほぎと呪詛とを孕みながら ポンプのモーター音と共に溢れつづけている 部屋の中はしらじらと日の光に染められ 濡れた床の上
きずつけることは たしかめることと おなじかたち さみしさのようなものを いとしさとまちがえて おぼれてはいけないよ きずつくほどに たしかになるのは ひかりのこくはくさ ましろくかがやく ゆきののべは ただしいしろさにみたされて やすらぐことのないままに ひそむいのちも あるだろう あしもとのくらがりに うずまるはるの ねじくれながら ちぢまりながら つちにまみれた あしたのけはいを うつくしい、などといわなくていい つめたいままで いきてていいよ うつむいたまま いき
それはむかしむかしのこと 崖っぷちの狭いくるわの墓地には 浮き立つような気配が満ちていた。 土を掘る男たちの掛け声 女たちがひそやかに交わす笑い声 厳粛さに飽いた子供らの 調子っぱずれの草笛 あれは確かに祭りだった とむらい、という名の いま 真新しい祖母の墓を暴く私たちの耳に 聞こえるのは川の音ばかりだ。 ──寂しいじゃねえか、こんな冷たくて空っぽの部屋に たった一人閉じ込められて土にも戻れねえでいつまでも いつまでも骨のまま、一人ぼっちだなんて 石室から取り出
あの日 笑おうとしたあなたのために 濡れることを あきらめたの はなの色のワンピースは いまでもほら ひらり ひらり 汚れてなんていないわ いつだって いつだって、 空なんて眺めなくていいのよことりとも鳴りはしないでしょう あなたの鳥はもう行ってしまったのだから見上げたりしないで 指のすきまをもっとぎゅっと閉じて塗りつぶしてしまえばいいの どこにもゆかずにこの場所で咲いて。 さいて
許すこと、とやらのために僕は 長く伸ばしていた尻尾を切り落としたのだった 狩りのためでもなく 蝶々たちのためでもなく ひこばえにつるりと触れる その一瞬のためだけに 長く伸ばしていた尻尾だったが 正しさ、とやらの天秤の上では 一ミリの傾きさえも 産みやしなかった 切り落とされた尻尾は うんうんと唸っていたが 「自由だ」と告げると ころりと一つ転がり それきり、動かなくなった 顔を洗う 洗面所の鏡の中では 青ざめた男が瞬きをしている 髭をそり終えたなら、行かな
まばたきの間に世界は崩れ落ち 朝の食卓では珈琲が温くなってゆく 真っ白な器は私のために用意されたものか それとも世界を納めるために最初からあったのか 答えなどない、どこにも。 果てまで行った人が帰ることの無いように 存在しない事を知ることはできない いや 存在を証すものなど このつるりとした器以外に在りはしないのだ なあ 鳥たちよ お前の存在は確かであろうか 他者を撃ち落とすことは 真に願いの証なのであろうか 羽ばたくときにこの腕に抗う風は 命とどこが違うのだろうか
まな板の上には洗いたての人参 光は花の形で 咲きこぼれ 咲きこぼれ ああ あふれてしまう そろそろわたくしの娘たちは 息子たちを殺せただろうか うつくしく 切ることはできただろうか その腕を そうね もう少しだけ教えておくのだった 包丁の研ぎ方も 飾り切りのしかたも もう渡す事ができない ひつようなことなど そんなに多くはないのに いつもいつも間に合わない 歌は向こう岸へは届かず 舟は行ったきりで 花が花である事はなん
出さなかったはずの手紙に返事が届いた どうやら未来の僕は捨てきれなかったらしい 陽だまりの色をした木の実 その芽吹く先の事を やあ、こちらは365日晴天です 曇ることもけぶることもなく 青空だけがひたすらに続いていて 君ならきっと歓喜するだろうと そんな事を想像しながら木陰を探しています いや、花しか無くてね ときおり 君が植えすぎたあの森の事を思い出すんだ (きっと人には) (ああ、また風が) 花は良いね、香りも色も全てが すべ
サヨナラよりも悲しいものを 私はいくつ数えただろう 届かなかった言葉を捨てて 明るいひなたを歩くこと 二度とは会えないだれかはいつも 写真の中で笑うこと 消えたい命のその傍らで 季節がただしく進むこと サヨナラよりも愛しいものを あなたはいくつ知るだろう こごえる桜の梢の先に ほんのり春がにじむこと 二度とは会えない誰かの声が
雲の詩沫さんのTwitter企画参加。「陽に溶かす」 穴を掘っていた。 母は穴を掘っていた。 二月の土は固く凍り、掘りつづけた穴は丸く、黒々と口を開けていた。 (ああごしてえ、ごしてえなあ。 年を取ると身体がしんどくてなあ。 ずくもなくなるし家の中も外もささらほうさらでせえ) 台所では味噌汁が湯気を立て、氷の張った桶から出された漬物は青々とし、 正しく冬であった。冬以外の何者も訪れる事はできなかった。 私たちのあの庭には。 そして私たちは穴を掘り、埋めたのだ。 一つの