詩「野辺おくり」
それはむかしむかしのこと
崖っぷちの狭いくるわの墓地には
浮き立つような気配が満ちていた。
土を掘る男たちの掛け声
女たちがひそやかに交わす笑い声
厳粛さに飽いた子供らの
調子っぱずれの草笛
あれは確かに祭りだった
とむらい、という名の
いま
真新しい祖母の墓を暴く私たちの耳に
聞こえるのは川の音ばかりだ。
──寂しいじゃねえか、こんな冷たくて空っぽの部屋に
たった一人閉じ込められて土にも戻れねえでいつまでも
いつまでも骨のまま、一人ぼっちだなんて
石室から取り出した骨壺をかさかさ揺らすと、
父はひとり穴を掘りはじめる。
何百年ものあいだ掘り返されてはまた埋め戻された
その土を今、共に掘る人はいない。
さみしいのはいったい、
その骨だろうか、
──爺ちゃんも爺ちゃんの親兄弟もその爺ちゃん婆ちゃんも
みんな、ずっとずっと深月の一族はみんな
この土の下に眠ってるんだじ。
新宅の太郎さも牛屋の綾さもみんなみいんな
土の下でもう形も残ってねえさ。
先祖代々の墓なんて立派なもんを建てはしたけどせえ、
こんなんはただ、線香あげるための目印せ。
白く骨を穴の底に撒き終え
父は平らかに穴を埋め戻す
祖父の骨も祖母の骨も祖父の祖父の骨も
その兄弟たちも父母もみな土の下に溶けている。
──どんなに凄え経を上げてもらったってせ、
あんな石室に閉じ込められちゃ成仏も出来ねえじ、なあ
ようやく婆ちゃんをみんなの所へ送ってやれたなあ、
わずかに盛られた土に花を置き線香を立てると
再び川の音が聞こえてくる
川べりのわずかな平地は丈の高い草に覆われ
人の住まなくなった屋敷が
緑の小山のように転がっていて
もうここに共に土を掘る人はいない
ふもとの町から立派な墓石を持ってくる石屋は
墓の下の空洞に骨壺を納めればせいせいと帰ってゆく
(さみしいのはいったい、
埋めてもらえぬ骨だろうかそれとも
燃やされてしまった肉だろうか、それとも)
町へ続くたった一本の道へ
空っぽの骨壺を抱え父は戻ってゆく
薄くなった背中には
ほんのり骨の形が透けていて
いつか
骨になった父は
さみしいさみしいと鳴るのだろうか
子が住む都会の市営墓地の石室で
むかしむかし
白い服をまとった一群が
旗を持ち柩を担ぎ賑やかに歩いた
その野辺送りの道
草木に覆いつくされ
訪れる子らもなく
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