【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#120
22 江華島事件(3)
博文と山縣は、銀座の馨の会社の前で待ち構えていた。
「聞多、用事は終わりか。狂介も暇だというから一緒に待ち構えとった」
「狂介も暇じゃと、そりゃ珍妙じゃな。江華島の始末まだついとらんだろう。いつからそんな閑職になったんか」
馨は、おもわず、言葉尻に絡んできた。
「僕だって、息抜きが必要じゃろ」
「確かにそうじゃな。すまん狂介」
「そうじゃ。三人で騒ぐんじゃ」
博文が妙な気合を入れていた。
その三人の姿を、同じようにビルから出ようとしていた益田が見ていた。
「フハハハ、なんか久しぶりにすっとした」
馨がのんきな声を出していた。
「聞多、すまん。お願いがあるんじゃ」
博文は山縣と頭を下げていた。
「どうした、あらたまって」
「聞多には、朝鮮への派遣使節の副使を引き受けてほしんじゃ」
「どういうことじゃ。使節には木戸さんが希望しておったはず」
「木戸さんに行かせるわけにはいかんだろう」
「それはそうじゃ。わしも反対じゃ言うてきた」
「正使は薩摩の黒田清隆になりそうなんじゃ。長州から出すとなると聞多しかおらん」
「だが、会社も裁判もある。即答はできん」
「木戸さんに聞いたことがある。会社の清算の準備はできとるんじゃなかったか」
馨は一瞬困惑していた。しかし気持ちをどうにか立て直した。
「だが、裁判はどうにも進展しとらん。有罪になったものが官に復帰はできんだろう。裁判が終わってからのことになるの」
「引き受けたくないのか」
「えっ。引受とうないの。そんな気は持っとらん」
博文の覗き込むように見つめる目にたじろいでしまった。
「わかった。続きはまた今度じゃ。それまで真剣に考えてくれ」
「帰る」
そう言い残して、馨は立ち去ってしまった。
「俊輔、あれ、大丈夫なんか」
「わからん」というと博文は、山縣に背を向けていた。
次の日経営の幹部会として、東京組の幹部が招集されていた。馨を始め、益田と馬越、木村、アーウィンも出席していた。昨日の三人組の様子を見ていた益田は、馨の表情が気になって仕方がなかった。
順調な財務諸表をみて、取扱実績なども悪い数字など無いはずなのに、浮かない顔のままだった。何かあると思っても、本人が言ってこない限り聞いても無駄だと思い、自分で情報を取ろうと決めた。
なかなかこれといたものは、時間もなく上がってこなかった。そういう事ならば、きっとあのことだと気がついた。
2、3日経って、今度は馨の家に博文と山縣がやってきた。
「聞多、またやってきた」
「聞多さん、すまん」
「諦めが悪いの。裁判が終わらにゃ話にならんだろ。あまりの進展のなさに木戸さんもいらいらして、山田にあれこれ聞いたりしとった。裁判官が変わるとかなんとか言っておったな。しかもその裁判官が帰国して、なかなか出てこんとか。もうこうなってくると嫌がらせじゃ。わしは出ることろに出て、説明して、それで結果はどうでもええと思っとる。だから、朝鮮の派遣使節は多分無理じゃ。そう、大久保さんに伝えてくれ」
「大久保さんに伝えるって、何を」
「俊輔、何を言っている。使節の件は無理だと言ったはずじゃ」
「そんな事言えるか。いや、僕は言いたくない。せっかくの復帰できる機会を逃そうとしているのを言えるか。いいか、冷静に考えてくれ。裏も表もだ」
「俊輔、そんな言い方失礼だろ」
「狂介は口出しするな」
「また来るから」
「帰るぞ狂介」
「聞多さん、失礼します」
あぁ、わしは、よく四面楚歌になる身の上じゃな。木戸さんは、大阪会議は失敗だといい、大阪会議以前に戻したいと前向きになってくれんし。朝鮮行きのことは認めるわけにもいかん。
そういっているうちに今度は自分の朝鮮使節の話で、俊輔と狂介にせっつかれることになった。こうなったら大阪か山口に逃げるかなぁ。