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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#128

23 成功の報酬(4)

「イギリスに送る荷物は出来上がったかの」
「武さんやお末のものも大丈夫か」
 同行する書生が改めて確認をした。
「大丈夫でございます」
「ところで、最低限の身の回りのものはあるよな」
「皆、持っております。ご心配にはおよびません」
「それでは、送り出すぞ」
こうして、馨の横浜の家はほぼ空になった。

 最後の確認を込めて、馨は木戸のもとに行った。
「木戸さん、準備はどうですか」
「聞多、それが、帝の行幸の随行を命じられた」
「それはいつからいつまでですか」
「6月2日から7月20日までだ」
「それじゃ。いくらなんでも。お断りはできんのですか」
「断ってみたが駄目だった。岩倉公が御上は御心を御痛めになると申されると私にはできん」
 博文は本気ではなかったのか、それとも一番名前の出てこなかった岩倉公が了承しなかったのか。馨は多分両方だろうと思った。
 どれだけ考えても、一緒に行くことは無理だと言う答えしか浮かばなかった。頭が真っ白になるというのはこういうことだ。
 木戸の立場をもっと真剣に考えるべきだったと思っても、すでに遅い。それでも、なるべく変わらないよう言うべきだと、気を取り直した。
「それじゃぁ、わしら先にアメリカに行って待っとることにする。行幸がお済みになったら出国すりゃええ」
「そうだな」
「準備に関しては、わしらのやったことを文に書いて送ります。ムダもなくてええと思います」
「たしかにそうだ。いい考えだ。それならばフランス語の通訳ができるものも見つけてくれないか。パリで万国博覧会が開かれる。ぜひとも行ってみたいのだ」
「それならば、益田に聞いてみます」
「松に遣欧使節団から帰ってきた頃、今度は二人で行こうと約束したのだ。松が本当に楽しみにしておる」
「なれば、なおさら行きましょう」
「私も努力しよう」
 そう約束してその日は別れた。木戸は東北に帝の行幸の随行員として出発していった。
 馨は荷物を送った後も、待てるだけまとうとしていた。そうなると、出仕していないのに席がある人間として、人の噂に立つようになってしまった。
 そんな時杉孫七郎がひょっとやってきた。
「聞多大変だ」
「何が大変なんじゃ」
「三条公や黒田におぬしの洋行を許すべからずと言ってきた輩がおるそうじゃ。この国難の折、大蔵大輔を務め、先日は朝鮮派遣大臣をやった人物が、国を出て遊学など許されるものではない。とな」
「なんじゃそりゃ。それが真ならばグズグズしておったら、計画が全て水の泡となろう。分かったありがとう。なるべく早く出国することにする」
「決まったら必ず連絡をくれ。見送りぐらいさせろ」
「わかった。そこまで粗忽じゃない」

 そして、出発の日を6月25日朝と決定した。その旨と約束した準備の方法などを書いて、行幸中の木戸に送った。木戸も行幸中とはいえ、大久保などと顔を合わすことがあり、洋行について尋ねようとしたが、希望を受け入れる行為をしてくれる人はいなかった。博文にも重ねて木戸の洋行に努力してほしいこと、関係を親しく持って欲しいと文を書いた。

 出発の朝、見送りの博文や弥二郎、杉、益田たちと話をした。
「本当に木戸さんのこと頼む。絶対に洋行に送り出してくれ」
「俊輔、おぬしが一番頼りなんじゃから」
「そういえば、益田。渋沢と福地も来ると言っとらんかったか」
「そういえば、見てませんね。そうでした。アメリカにいる妹繁子にお会い頂く機会があれば、元気にやっていると伝えてください」
「あぁ、おぬしの妹は遣欧使節団と一緒に渡った女子留学生だったの。ぜひとも会いたいものだ。お末にも良い刺激になるしの」
「聞多、渋沢と福地には怒っとったと言っておく」
「まぁええ。益田もよろしく伝えておいてくれ」
「それじゃ行くとするかの」
 去年ここで言ったのとは違い、気楽な別れの挨拶を告げて、武子と末子の待つ船に乗り込んでいった。そして三人で甲板に出ると見送りの人が見えなくなるまで手を振った。この船には文部省の留学生として、杉浦重剛や穂積陳重らが監督の正木退蔵と共に10名ほど乗り込んでいた。

 渋沢と福地は、馨の見送りに遅れてしまった。今から行っても間に合わないので、宿泊していた宿で花札博打をやっていたら、たまたま警察がやってきて博打がバレてしまった。福地は瞬間的に逃げ出したが、逃げ遅れた渋沢は警察に連行されてしまった。
 警察で身元を明らかにしようと名乗っても、信用されず、持ち物の中でわかるものが出てきてやっと信用されたらしい。地位も名誉もある人がと説教をされてどうにか開放されたという。
 この話は、博文から木戸に文で伝えられて、仲間に広まっていった。馨も木戸からの文で知り、詳しいことは博文にという事になっていたのだった。

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