【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#94
19 予算紛議(4)
今日は晴れがましい日になった。鉄道が新橋と横浜の間だが開通した。馨は博文と大隈の資金に関する相談にはのったが、具体的には関係していなかった。それでも、工部省の責任者の山尾と井上勝は、イギリス密航仲間だ。二人の力があればこそ開通できたのだと思うと誇らしかった。
「狂介、流石に直垂姿は様にならんの」
「そういう聞多さんも、布にくるまれているようですよ」
「ふん、まぁええ。そういえば、何年か前、新年の儀に着る直垂と烏帽子を俊輔に借りたら、夏用じゃったということがあったのを思い出した」
「それで、聞多さんはどうなさったのじゃ」
「あわてて、大隈に借りたぞ。ありゃあせったし、面倒だったの。それにしても、この古風な衣装ももう着ることは無いはずにしたいの」
「それは、服装の礼式が変わるということですか」
「あぁ。変えにゃならん。断髪の礼も出しておる。すべて洋式にしたいんじゃ」
「それではこれは、貴重な経験ということですね」
「そうなるの。あ、すまん」
そう言うと、馨は見つけた人影の方に歩いていった。
「勝さん、お久しぶりです」
「井上くんか。今度家の方にも来ないか。山岡なんかにも会えるかもしれないよ」
「そうですね。ぜひ、お邪魔でなければ」
「君のような人も、直垂を着ればはまるもんだ」
「あちらこちらで、似合わんもの着とると笑われとります」
「そろそろ式典が始まりそうだね」
「それではまた。ぜひ、参りますので」
挨拶を済ますとまた山縣のところに戻ってきた。
「聞多さん、さっきのは」
「勝さんじゃ。四境戦争の交渉で知りおうてから、良くしてもらっとる」
「やぁ陸奥じゃ、渋沢もおるなぁ」
山縣は敵が多すぎだと言っていた馨の方が、沢山の知人友人がいるのではと思っていた。すると渋沢が寄ってきた。
「井上さん、良かった。この服装では誰が誰だか、よくわかりませんでした」
「おぬしは鉄道の試乗はしたのかの」
「はぁ、一度乗らせていただきました」
「そりゃええ。あぁ陸奥。鳥尾が探しとったよ」
「せわしないですね」
世話役がやってきて、式典が始まるので会場に移動するように言ってきた。立場が下のものから会場に入っていった。
「そろそろ私は参らねば。それでは、お先に失礼します」
「渋沢、パーティー会場でな」
馨と山縣も会場に入っていった。
「聞多さん、山尾と勝、大丈夫ですかの」
「大丈夫じゃろ。腹が決まれば、できるだろう」
「陛下の御前で失敗は許されないですからの」
「ふふっ、そういう意味でも楽しみじゃ」
「お、始まる」
工部省を代表して山尾が鉄道開業の旨を述べ、井上勝が陛下に路線図を進呈するといった儀式を終えた。とくに失敗というものもなく、粛々と進んで終了となった。