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30代、いまだに父が苦手だけど
ここ数年、父との関係性についていやでも考えさせられる機会が多いので、きっといま向き合うときなのだと思う。できれば避けたいのだけれど、避けられない感じがするし、たぶん避けないほうがいいことには気がついている。
なので、不格好でも書き残しておくことにしよう。
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わたしと父との関係性は、長らく硬直状態にあって、「仲は良くないが、悪すぎもしない」というところにずっとある。
あったのだけれど、2024年に少し、ほんの少しだけ、よいほうに動いた気がして、それをnoteに書き残した。
わたしは長らく「父が苦手」という前提条件のもとで生きてきたので、父からの全てをこの前提の上で受け取ってきている。
というか、これが前提条件なことで、ほとんどのものを受け取り損ねている。受け取ったほうがいいことも、きっと、全然受け取れていない。
2025年に入って、それをなんとなく、自分で自覚するに至り、結構苦しい戦いをしている。やっぱり変えるのはいつも、相手ではなく、自分なのだ。
ああ、苦しい。苦しすぎる人生の真理。
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抽象的なことを書いてしまったが、ここからは具体的に書く。
昔から大工のような父。仕事が技術職なので当たり前といえばそうなのかもしれないが、工具をわんさか持っていて、手作りでテレビ台をつくるなんてことは1-2時間あれば余裕だ。
テレビ台。そう、テレビ台。
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少し遡りますが、わたしは2024年に断捨離をすすめていて、家の中にある家具とやらをとにかく捨てまくった。
なぜ勢いよく捨てたのかというと、こちらはさらに遡って2019年。双子を妊娠して、わたしの実家近くに引っ越しをしてきたタイミングで義母が買い与えてくれた家具があまりにも気に入らなかったというのが理由である(こちらはこちらで別途noteを書いて葬ったほうがいいのかもしれない)。
とにかく気に入らなくて、その話題が出るたびに夫にキレ散らかしていたので、夫が「もう全部捨てちまえ!」と叫んだ。
新しくお気に入りのものを見つけてから買い換えようと思っていたのだけれど、なかなかお気に入りを探すところまで手が回らずなんと5年が過ぎ去っていた。
だから、2024年に次はまだ決まっていないけれど「全部捨てちまえ!」と、夫の言葉をそのまま受け取り全部捨てた。
4人分にしては大きすぎる食器棚も、なぜか6人がけのダイニングテーブルも、3人がけのソファーも、無駄にでかいキッチンボードも、女性ひとりでは到底動かせないテレビ台も。
そう、テレビ台。
なので一時期、わたしの家には椅子がひとつもなく、電子レンジなどの家電製品が全て床に直置きされ、食器がキッチンに並べられているという状況があった。
が、気に入らないものが全部消えたのでものすごくさっぱりした。家もさっぱりしたけれど、心がとにかく晴れやかだ。捨ててよかった。
とはいえ、家電が直置きなのは嫌だし、ずっと床に座って仕事をするのもキツイので、必要最低限のものは夫と相談しながら、なんとか折り合いをつけて購入。
テレビ台は、なかなかうまく見つけることができなくて、一旦余っていた棚の裏側をぶち抜いて(?)使うことにした。危ない。
そう、そのどうにかやりくりしていたテレビ台を「きっと父は1-2時間あればつくってしまうのだろうな」ということは、ずっとわたしの頭の中にはあった。
夫にも、「お父さんならつくれそうなんだよな……」とポロリと言ったことがあり、「え、それなら頼めばいいじゃん」と言われ、「そうだよね、相談してみるわ」と言ったのだけれど、そこからあっという間に3ヶ月が経った。
冒頭に書いたとおり、わたしは長らく「父が苦手」という前提の上で生きているので、父にお願い事をするのがとにかく億劫なのだった。
なにせ、わたしの父は不器用だし、感情的だし、できない人の気持ちがあまり理解できないし、言葉足らずでストレートすぎるし、目力が強すぎて顔が怖い。
テレビ台をつくってもらうことになったら、父と会話をしなくてはいけない。言葉を投げつけ合うのではなく、理想のものをつくってもらうために言葉を伝え合わなければいけない。
それはわたしにとっては、あまりに試練すぎた。
でも、家でテレビ台を見るたびにイライラモヤモヤするのもいやだし、こういうのが欲しいんだよなというのがあるのに既製品ではそれがないから買うのも躊躇するし、だったら父に頼めばいいのにそれも億劫だし…….。
みたいなことがずっと頭の中にあり続けるほうが体に悪いと思ったので、「連絡するからな!」と夫に宣言して、父にLINEした。
「お父さんは、テレビ台はつくれるのかな?」
「明日、見に行きます」
父よ、そんなにフットワーク軽いな人だったっけかな。助かります。
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ということで、次の日に父はわたしの家に既存のテレビ台らしき棚を見にきて、わたしにどんなものをつくって欲しいのか聞いてきた。
その時間、正味40分程度だったのだけれど、わたしは涙を必死に堪えて父と対峙していた。体感は3時間ぐらいに思えた。なんじゃこりゃ。
父は変わらぬ目力の強さで、ストレートにわたしに言葉を投げてきて、わたしはなぜか責められているような気持ちになり、もう34歳になるのに子どもの頃のわたしが戻ってきてしまったかのようにチカラがなくなってしまう。
あの頃のように何もわからず、何もひとりではできないわたしではないのに。父と対峙するとあの頃のわたしがどんどん出てきてしまうから不思議だ。
とはいえ、わたしもここまでダテに生きてきていないし、父もなぜか最近丸くなってきているので、なんとか対話をし、理想の状態を伝え、父は納得して家に帰って行った。
そして、次の日には完璧にできあがった理想のテレビ台をわたしの元に手渡した。天才だ。
「これはおいくらでつくれたのでしょうか」
「忘れた」
昭和の男は言葉数がすくない。ありがとうございます。
ということで、あんなに悩んでいたのはなんだったのかというほど一瞬で、わたしが欲しかったテレビ台は父の手によって作り上げられた。
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父との関わりが一段落したので、父が家にきて対話したときのことを冷静に振り返る。職業ライフコーチ・キャリアカウンセラーなので、苦しいが自分のことを客観視しないでは置けない。職業病つらい。
父がわたしの家にきて「どんなテレビ台が欲しいのか」ということをなんやかんやで聞いてきたとき、わたしはとっても責められているような感覚になっていたのだけれど。
よくよく会話を思い返してみると、父はわたしを責めているわけではない。できるだけ、わたしが思う通りのものをつくろうという気持ちと、技術職ならではの(うんちくのような)専門的な視点をわたしに説いていただけである。
確かに、目力は強く、言葉もストレートできつい言い方だし、ほぼ尋問のようなのだけれど、言葉だけとってみたときには全然責めていない。冷静になると、そのようにも思える。
でも、わたしは確かに責められているように感じたし、実際泣きそうなのを堪えるのが大変だった。
たぶん、これまでの父のというのか、どこかの場面での父のなのか、わからないけれど、その行動や思考から「父はこういう人だ」という偏見的目線がわたしの中に入ってしまっていて、父がなにを言おうと、責められているように受け取ってしまうのだろう。
冷静に考えると、父はわたしのことを父なりに大切に思っているし、父なりに会話をしようと試みている。今回だって、仕事の合間に爆速でテレビ台をつくってくれたし、お金も出してくれたし。
わたしはそれを受け取れていない。受け取り方が、いまだにわからない。
父は多少丸くなったにせよ、いまだ変わらず不器用だし、感情的だし、できない人の気持ちがあまり理解できないし、言葉足らずでストレートすぎるし、目力が強すぎて顔が怖い。
きっと根本的には、今後もこれは変わらない。
だから、まあ夫と会話するような穏やかな気持ちで父と時間を共にするのは結構ハードルが高いし、今後もそうなる可能性は薄い。受け取る側のわたしは変わらずハードモードだろう。
でも、いまの父となら、わたしの受け取り方がもう少しいい感じになれば、きっと涙ぐむまではいかずに会話ができるのかもしれないな〜とぼんやりと思う。客観的な目線のわたしは、少なくともそう思う。
LINEをするのに3ヶ月も要するような関係性では、いまはもうないのだ、きっと。実際には。たぶん。
とはいえ認識を変えるのってなかなか難しいので、ちょっとずつやっていこう。無理にやる必要もないのかもしれないしね。
あ、でもね、ここまで自分の心を分解して客観的に見れるようになったら、問題のほとんどは解決している。わたしはそう思っている。
だから、きっと、わたしはもう大丈夫だ。大丈夫だよ。
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