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【映画レビュー】『グリーンブック』:頑な心が少しずつ少しずつ解けていく

 観ようかなと何度も思いながら、後回しになっていた。
 なんとなく、いい話すぎて、物足りないのではないかと勝手に思い込んでいて、観ようの一歩手前でいつも止まっていた気がする。
 しかし、マイベストワン作品にあげられた映画ファンの方が二人もいらっしゃって、それをきっかけに観ることにした。そして、観てよかったと思った…


差別する・されるといった単純な構図ではない

 非人間的なひどい差別を受けている黒人。アメリカではマイノリティの立場にいるイタリア移民。それぞれ立場や程度は違うが、社会の中で苦しい扱いを受けている二人が、旅をしながら関わり合っていく物語である。
 黒人のドクター・シャーリーは、差別を受ける者ではあるが、ポピュラーピアニストとして地位を築いている成功者でもある。
 一方、イタリア移民であるトニーのほうは、社会ではマイノリティだが、同郷仲間で結束し、黒人に対しては強い差別意識を持っている。黒人の業者が家に来たときに使ったコップを捨ててしまう場面は観ていて辛かった。
 だから、二人の関係は、ともに虐げられた者同士というような単純な構図にはならない。かといって、虐げられる者と虐げる者、というような関係でもない。お互いに自分をもって生きている。それがこの映画の面白さの源だろう。
 物語は、シャーリーが、仕事がなかなか見つからないトニーを、アメリカ南部を回る長期間のコンサート・ツアーに同行する運転手として雇うところから始まる。ここから二人の関係がどうなっていくかが、旅の進行とともに展開されていく。

必要悪の「グリーンブック」など

 シャーリーは、潔癖で妥協しないため、トニーの間違った行動に対しては、容赦なく厳しく叱責する。それに対してトニーは、雇い主だからといってシャーリーに従順になったり卑屈になったりしない。でも、シャーリーの叱責は正しいので、渋々ながら従う。シャーリーもトニーも公正さという点では共通するようだ。
 シャーリーは、トニーを人間的に支配しようすることは決してない。二人とも、お互いを尊重し、仕事を責任をもって遂行しさえすれば、それ以上のことは求めない関係だ。
 だが、コンサート・ツアーの旅を続けていくうちに、二人は次第に理解し合い、心を通じ合わせていくようになる。
 シャーリーは、トニーの間違ったことは許さないが、自分にはない、おおらかなところに惹かれていき、癒されていく。
 一方、トニーは、もともと黒人に対する差別意識をもっていたが、アメリカ南部を旅するうちに、黒人がどんなにひどい扱いをうけているか何度も目の当たりにし、矛盾を感じるようになっていく。一流ミュージシャンをコンサートに招いておいて、白人と同じトイレを使わせなかったり、同じレストランで食事をさせなかったりするのだ。
 トニーはその矛盾を、頭で考える理屈や正論というものでなく、身をもって体で理解していくのである。
 ちなみに「グリーンブック」とは、黒人がアメリカ南部を旅するときに、差別の中でも安心して利用できる黒人用の宿やレストランなどが書いてある、とても差別的なガイドブックである。最初はその存在の意味がわからなかったトニーも、それが必要悪であることも知っていく。

解きほぐされていく心

 二人は、そんなふうに、ほんの少しずつ、相手に影響され、相手のことを理解し、相手の立場に立てるようになっていく。その変化していく様が、この映画の一番の魅力である。
 変化していることを感じさせないくらい、自然に、少しずつ変わっていく。固い石のようだった人間の頑な心が、少しずつ解きほぐされていく。それぞれのプライドは投げ捨てることなく、ちゃんと芯に残したまま、解きほぐされていく。隠したくなるような弱みを見ても、お互いに踏み荒らさず、その苦しさに寄りそう。弱い所も強い所も、お互いに踏み荒らさず、尊重し合っている。
 それらがとてもいじらしく、人間らしく、心地よく感じられた。
 もちろん、差別などの大きな問題は結局何も解決していないし、この映画で描かれていることは、きれいごとすぎるかもしれないけれど、二人がお互いに影響を与え合い、殻を破っていく姿は感動的で、人間が、社会が、よくなっていく希望の光を見せてくれたような気がする。

私が好きなシーンを二つ

 ひとつは、コンサートに招かれながら、ひどい差別的扱いを受けたシャーリーが、出演をキャンセルして黒人が集まる酒場に行き、ずっと弾きたかったショパンを演奏するシーンだ。そのあと、酒場のミュージシャンたちと即興セッションをする。その様子を誇らしげに見ているトニー。そして、酒場を出たところで……。この一連のシーンが本当に素敵だ。
 もう一つは、ツアーを終えて帰ったシャーリーが、トニーの妻ドロレスと初めて会うシーン。道中、トニーが妻ドロレスに送っていたロマンチックな手紙の内容は、シャーリーが考えていたのであるが、それに対して、ドロレスはがかけた言葉は最高だ!
 ぜひ観て下さい。


 人は、誰かに頼らなくては生きていけません。でも、相手に頼り切ったり依存したりしたら関係は崩壊し、続きません。頼り合うべきだけれど、頼りすぎてはいけない……人と人とのつながりは本当に難しいなと思います。
 この映画の二人は、だんだん理解し合い、最後には人と人の関係にとって一番いい距離になっていくように思います。それが、とてもうらやましくて、きっとこの作品に多くの人が惹かれていくのではないかとも思いました。


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