【映画レビュー】『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』:みんな「だいじょうぶじゃない」けど言えないんだ
本当にやさしくて繊細な映画だと思った。それはおそらく、この映画を見た人の多くが感じることではないだろうか。出てくる人たちも、物語の設定もストーリーも、本当に本当にやさしいのだけれども、私は残酷だとも感じてしまった。どうしてなのか、考えてみた。
「だいじょうぶじゃない」けれど人には言えない
この映画のキャッチフレーズにもなっている「だいじょうぶじゃない」という言葉は、本当に胸を刺す。
みんな大丈夫なようにふるまっているけれど、本当は少なからず「だいじょうぶじゃない」という苦しみを抱えている。でも、たいていの人は、誰にも言えない。言える人がいないのである。
少しくらいの「だいじょうぶじゃない」なら、付き合って聞いてくれる人もいるだろう。でも、その度合いが深刻であればあるほど、すなわち苦しければ苦しいほど、それを聞いてくれる人はいない。
現実的には、心療内科やカウンセリングに行くことになったりする。高いお金を払うけれども、基本的には他人事である。
苦しいときは、どうしたら苦しみから逃れられるのか、具体的なことを知りたい。一般論を聞いてもあまり意味はない。そのためには、プライベートの奥まで分け入って、生々しい具体的な話を聞いてもらわなくてはいけない。医者やカウンセラーがそこまで親身になってくれるケースは多くないのではないだろうか。
ましてや友人などがそこまで親身になってくれるのは難しい。なぜなら苦しみを話したほうだけでなく、聞くほうも重荷を背負ってしまうから。
私自身、実は、苦しいときにあまりに愚痴や泣き言を言いすぎて、その相手に愛想をつかされ、拒絶されてしまった。そうなると、もう怖くて、苦しみを人に打ち明けることなどできなくなってしまう。
苦しみを聞いてくれる相手を見つけられた人たち
だから、この映画の主人公たちは、ぬいぐるみに語り掛ける。ぬいぐるみはじっと聞いてくれる。そして嫌な顔をしたりもしない。嫌がられるのではないか、嫌われるのではないかということを全く心配することなく、心の内をありのままに語り掛けることができる。
主人公たちは、人を傷つけること、それによって自分も傷ついてしまうことを恐れる、繊細でやさしい人たちなのである。その痛みと恐れが入り混じったような感覚にはものすごく共感できる。
彼らは最後には、人の苦しみを聞いてあげることの大切さを皆で分かち合うことができるようになった。ぬいぐるみだけではなく、ぬいぐるみに語りかけていたやさしい人たちに、自分の苦しみを聞いてもらえるようになった。もしかすると、それはうまくいかないかもしれない。ぬいぐるみと違って人間は、受け止めて影響されてしまうから。それによって、相互の関係が変化してしまうかもしれないから。でも、私には一歩前に踏み出したように思えた。
自分と比べてしまうと残酷だ
そんなふうに、この映画がすごくやさしいと感じるのは、苦しみを聞いてくれる相手や場所を見つけられた人たちの物語だからだと思う。
自分の苦しみを聞いてくれる人や場所と出会える。苦しかったけれど、苦しいけれど、それだけで、そういうものがないよりも、どれだけ救われることか。映画の主人公たちが救われてよかったと、ほっと温かい気持ちになった。
しかし、そこで私は自分のことに立ち戻ってしまった。映画の主人公たちは、苦しみながらも、その苦しみを分かち合える人や場所を得られた。でも、現実ではそうはいかない。私自身「だいじょうぶじゃない」けど、誰にも言うことができない。そういう場所もない。苦しいままだ。主人公たちが、うらやましい。どうして自分にはそういう救いがないのだろうと悲しい気持ちにもなった。
温かくて優しい映画だと思う一方で、自分と比べてしまうと、なんともつらく、残酷な映画になってしまう。映画の中の人たちは救われてよかった、でも、自分は救われない。この葛藤がある。
ぬいぐるみに話しかけない人
そんな中で、白城さんの存在が、私には救いになった。白城さんは、ぬいぐるみサークル(ぬいサー)にいながら、唯一ぬいぐるみに話しかけない人である。一見場違いに思えるけれど、ぬいサーが好きで、離れない。俗っぽく見えるけど、実はそうではない、不思議な存在である。
白城さんだけは、厳しい現実とやさしい人たちの間を揺れ動きながら、最後まで救われなかったように思う。彼女は自分の力で何とか乗り越えようとしているように見える。それは強く見えるけれども、いちばんつらい役目を背負っている気がする。もちろん本人がそうしたいと願っているのだから、とやかく言うことではないかもしれないのだが……
とにもかくにも、そういう救われない人がいることが、私にとって救いに思えたのだ。人の不幸を喜ぶようで、醜い心なのかもしれないが……。
客観的に見ると、頼れる人がそばにいて頼ることができる人と、頼ることをしないで自分の力で何とかしようとする人と、どちらが恵まれているだろう。どちらが幸せなのだろう。その答えは、簡単には出ないように思う。
とにく誰もがみんな少なからず苦しくて、「だいじょうぶじゃない」と思っているのだ。なんとも切ない思いにさせられた映画だった。
今の自分が置かれているつらい状況にすごくかぶっていて、胸に迫ってくる作品でした。「苦しい」「つらい」という気持ちを自分の中に抱え込んでいる方には、ぜひ見てほしいと思いました。
実は、この映画を見たのは、再来月に閉館が決まっている映画館でした。映画館を閉めなくてはいけない苦しみも、「だいじょうぶじゃない」苦しみだったのではないかと勝手ながら思ってしまいました。