【映画レビュー】『石がある』:何を見せられているのか? どこに連れていかれるのか?
予告編では、若い女性がおじさんと一緒に石を探しながら川をさかのぼっていく話だと紹介されていた。それってどういうこと?と思ったが、その後、知人に強く勧められて、観ることにした。確かに予告編のとおりのストーリーでもあったが、作品自体は思っていたのとは全然違い、映画観を大きく揺るがすすごいものだった…
何を見せられているのかと…
映画が始まり、小川あん演じる主人公の女性が、河原で子供のサッカーになぜか参加してボールをやりとりしたり、例のおじさんと一緒に河原の砂に体重をかけて崩して歩いたり、川の石を積み上げて遊んだり……
言葉だと伝わらないのでぜひ映画を観てほしいのだが、いったい何を見せられているのだろうという感じだった。
でも、そういう場面を繰り返して見ているうちに、心地よくなってきた。これらはどれも、子供がやりたくなる動作なのだ。意味はないけど、快感を呼び起こす運動である。
これって芸術活動の本質なのではと思ったりしたが、そのことはここでは触れない。
どこに連れていかれるのかと…
こんなふうに言うと、すごくゆるくて何も起こらなくてメルヘンを感じさせるタイプの映画なんじゃないのと思うかもしれない。
でもこの映画はそうじゃない。画面に映し出されるものは相変わらずなのに、どんどん緊迫感が出てきて、サスペンスのようになる。
「何を見せられているのか」という感覚から、「どこに連れていかれるのか」というハラハラドキドキする感覚に変わっていき、どんどん世界に引き込まれていった。
ここからは、人によって解釈が違うかもしれないが、私は、このサスペンス感は、男が醸し出す恐怖によるところが大きいと思った。
彼女は何を考えていたのか
若い女性は、突然川を渡って近づいてきてずけずけ話しかけてくる男のことをどう思っていたのだろう。男は、女性が不安に思うことなどまったく意に介せず、ぐいぐい女性を引き連れていこうとする。
私は画面を見ていて、怖く感じた。男が悪いことを企んでいるとまでは思わなかったが、好意をもって迫ってきたり、しつこくつきまとったりしそうな可能性は十分にあった。
それでも、若い女性は、男と一緒に河原をさかのぼっていく。
あんなに可愛い女性がついてきてくれて、一緒に石遊びや砂遊びをしてくれたら、誰でも離れがたくなるだろう。彼女は、それを怖いとは思わなかったのか。下心があるとは思わなかったのか。なんとなく面白そうなものに流されていくタイプなのか。
結局、彼女がどう感じ、何を考えていたのかはわからないままだ。
彼は何を考えていたのか
一方、男のほうはどうだったのか。最後に女性に問い詰められるとおり「何がしたかったのか」?
河原が行き止まりになり、女性が帰らなちゃと思っているのもまったく気にせず、「こっち行けますよ」と、さらに川をさかのぼる提案をする男。そうじゃないだろ!と言いたくなる。 女性が自分と一緒にずっと歩き続けてくれると思っていたのか。不審がっているとか、怖がっているとか思わなかったのか。それも結局のところわからない。
メルヘンのようでありながら、欲望と恐怖が潜んでいる。
男が家に帰ってから、1人でお茶を飲んだり、ぼーっとしたりするシーンも、静かすぎるほど静かで、ものすごく寂しくて、ほっこりするシーンでは決してなかった。
そして、男が日記を書くシーンは圧巻で、息をのんだ。ただ起こった事実だけがつらつらと書き連ねられる。怒りをたたきつけているようでもあり、何も考えていないようでもある。
男には悪い意図はなく、ただ楽しかったんだと、私は思う。普通は気を遣って遠慮してしまうことも、何も考えていないからこそ、気にせずぐいぐい話しかけていったのではないかと思う。
小川あんと加納土
そういう「わからない」キャラクターを、加納土という人が見事に演じていた。いや、演じているというよりも、加納土という人がそういうキャラクターを可能にしたように思う。最初に出てきたとき、なぜこの人が映画の主演なの?と思ってしまった。
そして、それと対極的に、画面の中でキラキラ光る小川あん。
登場人物はほぼこの二人だけ。あまりにもかけ離れた二人がなぜか河原をさかのぼっていくのは、やっぱりどう見てもわからない。
傷を抱えた者同士、変わり者同士というような、特別な設定はまったくない。でも考えていることがわからないから、なんだか普通ではないように感じてしまうのだ。
ジャームッシュのようで
映画の可能性を切り開くと言ったら言い過ぎかもしれないが、こういう映画が成り立つんだと言う意味で、すごい作品だと思う。
ジム・ジャームッシュのようだが、もっと底にどろっとしたものがありそうだ。メルヘンのようでありながら、欲望と恐怖が潜む作品だと思った。
最後、二人が再会しないでくれと願った。なんだかわからない謎のままで終わってくれてよかった。
散歩が好きな私は、ぶらぶら歩くシーンだけでも惹かれてしまいます。意味もなく、川をさかのぼれるなんて最高です。
自分がもし、知らない人と河原を一緒にさかのぼることになったら、やはりそれはきっととても楽しいのだろうなと思います。