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【檀一雄全集を読む】第一巻「佐久の夕映」

 大戦が終わり、妻律子を喪った檀一雄は、遺児太郎と共に破れ寺に移り住む。そんな檀に師佐藤春夫から弔問の詩と激励の手紙が届く。これをきっかけに書き始めた連作短篇はのちに「リツ子・その愛」「リツ子・その死」としてまとめられ、檀の代表作の一つになった。

 そんなことがあってから初めて檀と春夫が顔を合わせる機会が訪れる。当時春夫は疎開で長野県佐久市に住んでいたのだが、松本市で開かれる島崎藤村追悼講演会に春夫と共に檀も登壇することになったのだ。

 この「佐久の夕映」は、その講演会のために逗留した松本の旅館から、春夫に付き添って佐久の春夫の家を訪れるまでを書いたものだ。出発前に自宅に立ち寄ったばかりに松本行きの列車に乗り遅れそうになる冒頭や宿の女中に一方的に思いを寄せて妄想を繰り広げるところはいかにも檀らしいが、この小説では敬愛する師佐藤春夫が生き生きと描かれているのが好ましい。これも檀らしい豊かな自然描写もいい。

 個人的には、松本から姥捨を抜け、田毎の月や千曲川を見下ろしながら篠ノ井に出てそこから信越本線(現在のしなの鉄道線)に乗り換えて佐久に向かうというところに、自分が生活している場所に二人が訪れていたのかという感慨があった。佐久から見るなだらかで大きな浅間山の姿などは特に、自分と同じものを見て自分が生活をしている土地を歩いたのだという実感があった。二人が滞在した松本の宿と春夫が住んでいた佐久の家は今も残っているのだろうか。あるのであればぜひ訪れたい。

 最後に。この小説の成り立ちが野原一夫『人間檀一雄』に書かれている。『新潮』の校了一週間前というギリギリの時に予定原稿に穴が空いてしまい、その穴埋めとして急遽檀に依頼されたものらしい。当時滞在していた富山県宇奈月の寺でその依頼を受けた檀は、想を練り、依頼に訪れた編集者との口述筆記によってこの小説を完成させた。檀が滞在していた寺は善巧寺といい、当時の住職と檀は高校の同級生で文学仲間だったので、檀はたびたび善巧寺を訪れていたそうだ。


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