好き嫌いが分かれるのは"こだわり"がある証。
本を読むことに特化したお店
最近、探索の一貫で色々なお店に足を運んでいます。特にオーナーさんの思想や哲学を知ることが楽しくて〇〇専門店に行くのがマイブームです。
先日友人の紹介で「本を読むことに特化したお店」に行ってきました。
オーナーさんがこだわって創っているお店やサービスって、在り方や細部に思想が現れるんだなあと感動しました。
fuzukueはその名の通り、「本を読むこと」に特化した場です。そのため、一般的なカフェとは違い、勉強、仕事、雑談はNG。PCやスマフォも最小限の使用をお願いされます。(写真撮影やタイピングに音の出ないものはOK)
これだけで、友人とおしゃべりしたい人や、仕事で場を使いたい人は除外されます。私が訪問した時はおひとり様のみで、皆さん静かに読書をされていました。
お店の方針は、あくまで「ゆっくりと本を読んでいただくこと」なので、長時間滞在が歓迎されます。長時間座って本を読んでいると身体が痛くなったり眠たくなってきたりするので、お散歩もOK。飲食のオーダーもしなくても良いし、軽食であればお気に入りのスナックや飲み物持ち込みOKです。
こうして、カフェで本を読むのに不自由だった条件が排除されている仕組みでした。「今すぐに本を読みたいけど何かオーダーした方がいいかな…」「長居したらお店の迷惑かな…」なんて考えなくて済むような案内文を最初に渡されます。
「とにかくゆっくりと本を読む場を創りたい」という思想がたっぷり詰め込まれた空間でした。
オーダーをするほどに会計額が安くなる?
一番驚いた部分が、お会計のシステムです。一般的なカフェはオーダーをすればするほどに会計額が増えていきますよね。
でもこのfuzukueでは、長居してオーダーするほどに料金が安くなり最終的に2000円前後に均されるという仕組みでした。
こういった発想はわたしには無かったので、感動しました。
一番大事にしたいことは何か?を突き詰めていった先に結果として現在のシステムになったのだろうと思います。fuzukueにとって大事なことは利益を増やすことではなくて、持続可能な利益を得ながらも、やっぱりお客さんに「ゆっくり本を読む場」を提供したいんだという想いが強く伝わりました。
私はサンドウィッチとジンジャーミルクティをオーダーしたのですが、店員さんの足音が全く聴こえなくて、読んだ本からふと目を離し顔を上げたら目の前に店員さんがサンドウィッチを持って立っていた、というくらい気配がなくびっくりしました。(fuzukueの店員さんは忍者修行でもしているのかな、と思うくらい。)
こだわりがあるからこそ、好き嫌いが分かれる
こうして、創り手がこだわればこだわるほどにそのこだわりが「好きな人」と「嫌いな人」に分かれるのだと思いました。
全員に好かれようとするほど、こだわりの原液は「他人からの評価」という不純物が混ざって薄まっていく。
fuzukueのように、何かに特化している/こだわりがある=好きな人もいれば嫌いな人も必ずいるということなのかもしれません。
だからこそ、自分にしかないサービスを創りたい、自分らしさを表現したい、と思うならまず嫌われることへの耐性をつけないとなんだなあ、と改めて思いました。
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自分の眼で観て、探究すること
前回書いたこの記事にも通じますが、こうして体験を振り返っているとやっぱり自分の眼で観て、感じて経験するって大事なことだなと感じます。
「自分に無かった発想」「これは面白い!って視点」が増えれば増えるほどわたしも柔らかく考えられるし、アイデアの種にもなります。
当たり前の仕組みやシステムを疑い、自分が本当に大事にしたいことは何か?を問い続ける。
これって自分でビジネスやサービスをやっていなくとも人生を考える上で大事な思考であり、在り方だと思うのです。
これを読んで下さった方の中でもし、ここはオーナーのこだわりが詰まっているよ!というサービスやお店、プロダクトを知っていたらぜひ教えてください。
そして本好きな方はぜひfuzukueにも足を運んでいただけたら、と思います。
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