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【ショートショート】いつも突然【ピリカグランプリ】
疲れた。今日はいつに増して疲れた。それは、上司の理不尽な言いがかりにも似た叱責のせいだ。会社員ならば仕方のない事だけど、やってられない。
コンビニに寄り、買い物をしたエコバッグをぶらぶらさせながらアパートに帰る。誰もいない、暗い部屋に。
アパートの入り口で上を見上げた私は目を疑った。灯りなどついているはずがないのに、部屋には灯りがともっているのだ。そこで、私は思いついた。また、突然あの人がやって来たのだと。
「ただいま。」
「あー、お帰り。ちょっとしばらくお世話になるけんね。ご飯作っとるけん、手洗っておいで。」
ほら、やっぱり。母はいつでも突然やって来る。私の都合などお構いなしだ。もし、私が同棲でもしていたらどうするつもりだったのだろう。そんな事は微塵も無いという事が分かっているのだろうか、あの人には。
母の夕食を久しぶりに食べながら、たわいもない話をする。いつも一人の夕食だけど、たまには誰かと一緒なのもいいような気がする。母は、こちらの友人に会いに来たらしい。それで、ここをホテル代わりに使うようだ。
私が仕事に行っている間、母は家事をしたり、友人と会ったり気ままに過ごしているようだ。実家で一人暮らす母の事は気にならない訳じゃない。だから、こうして突然ではあるが母の方から来てくれるのは、少しありがたいと思う。
仕事から帰ると、部屋に灯りがともっている。誰かが待っていてくれる。それは、とても安心でほっとするものなんだと気がついた。こちらに出てきてからは、すっかり忘れていた光景だったから。
「ただいまー。」
「お帰り。ほら、ご飯ぬくいうちに食べんね。手は洗うとよ。」
私は子供の頃に帰ったように、手を洗い、着替えもそこそこに母の夕食を食べる。子供の頃のように、テレビを見て笑い、みかんを食べながらしゃべる。こんな当たり前の事を思うと、なぜかお風呂に浸かりながら一人泣いた。
その日、仕事が少し早く終わった私は、スーパーに寄って買い物をした。今日は私が夕食を作ろうかなと思ったのだ。買い物を済ませ、アパートに着いた。上を見上げると、灯りがともっていなかった。
急いでドアを開けると、母はいなかった。テーブルには書き置きが一枚。
「もう家に帰るね。体に気を付けるようにね。母より」
もう、あの人は本当にいつも突然なんだから。私は買い物袋を床に置き、ため息をついた。この食材、どうしたらいいんだろう。冷蔵庫にも、母が買ってきた物が入っているというのに。
母が実家に帰り、また一人の生活に戻ってしまった。少し寂しいけれど、これが私の本当の生活。私はここでがんばっていく。そうだ、年末は灯りのともる実家に帰ってみよう。母のように突然に。(1123文字)
⭐今回、冬ピリカグランプリに参加させて頂きます!!⭐
初めての参加で、なんだかとても緊張しています・・・。
ちゃんと書けているかなぁ。
私が書くものにしては珍しく、きゅん♡要素の無い話にしました。テーマを見た時に、このストーリーがすぐに頭に浮かんできました。浮かんだままを文章にしています。
最後まで読んで下さってありがとうございます♪
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