バレンタインは抜け駆けナシで【あなたの温度に触れていたくて】
「ねぇ、みんな好きな子っているの?」
そう口を開いたのは、みゆきちゃんだ。今はお昼休みで、グループのみんなとお弁当を食べ終わり、ワイワイとおしゃべりを楽しんでいた。ストーブは焚かれているものの底冷えのする教室の中で、中学に入って初めての冬休みを前にあたし達のおしゃべりは留まる所を知らなかった。
好きな子、か。あたしはその時、頭の中にたかくんの顔を思い浮かべた。たかくんは同じクラスの野球部の子で、今は後ろの入口の近くで友達とふざけ合っている。その様子を横目で見ながら、あたしは友達の好きな人の名前を次々と聞いていたんだけど、ちえちゃんの言葉にあたしは一気に我に返った。
「あたしね、たかくんが好きなんだ」
え、たかくん?よりによって?なんで?どうして?あたしの頭の中が?で一杯になった頃、みゆきちゃんから話を振られた。
「みゆちゃんは?誰が好きなの?」
「あ、あたし?あのさ、うーん。あのね、言いにくいんだけど、ちえちゃんと一緒なんだよね」
「みゆちゃんも?ほんとに?」
ちえちゃんも驚いている。ちえちゃんも驚いているけど、あたしだって驚いているんだ。友達と好きな子が被っちゃうなんて、あたしはいったいどうしたらいいんだろう。
ちえちゃんは少し黙っていたけど、にっこり笑ってあたしに言った。
「みゆちゃん。あたし達、こんな所でも気が合うねー!じゃあさ、二人で協力する事にしない?ね、いいでしょ?抜け駆けはナシね」
「分かったよ。うん、協力しようね。もちろん抜け駆けなんてしないよ」
ちえちゃんの言葉にあたしはホッとした。それに、抜け駆けなんていっても、ただ見ているだけで良かったから、たかくんに何かしようなんていう気も全くなかったし、何をすればいいのかも分からないのだから抜け駆けしようもなかったのだ。
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ちえちゃんとの約束が交わされた後は、特別何も起こらずに毎日が過ぎていった。あたしは、変わらずちえちゃんやグループのみんなとは仲が良くて、毎日が楽しい。たかくんとは、理科の実験の時には出席番号が近いので同じグループになる。その時は色々おしゃべりできて楽しい。それに、そのグループにもちえちゃんはいるから、それこそ抜け駆けナシでおしゃべりして笑い合っている。
それから間もなく冬休みがやってきて、あたしはほぼ毎日午前中は部活に行った。ランニングの時や、部活帰りに運動場の方を見ると野球部の子達が練習をしている。あたしは、たかくんを探すけれど遠くてよく分からなかった。顔が見られないのは少し寂しいと思ったけれど、冬休みはあっという間に過ぎていき、溜めていた宿題に追われながら3学期を迎える事になった。
3学期が始まって少し経った頃、ちえちゃんはあたしにバレンタインはどうするのか聞いてきた。
「ね、みゆちゃん。バレンタインどうする?チョコ渡すでしょ?」
「バレンタイン?ちえちゃん、チョコ渡すの?あたし何にも考えてなかったよ。どうしようかなぁ」
のんきな返事を返すあたしにちえちゃんは畳み掛けるように言ってきた。
「何言ってんの?みゆちゃん、チョコは渡すに決まってるでしょ。みゆちゃん知らないの?たかくん、すごいモテるんだよ!」
そうだった。たかくんはモテる子だったんだ。背が高くてカッコいいタイプではないけれど、どことなく子犬の様なかわいい感じがして、なんか、そこがとてもいい。そういえば、部活の友達のまゆちゃんも「たかくん、かわいい」って言っていたっけ。
「そうか、チョコかぁ」とぼんやり考えていたあたしにちえちゃんはもう決定した様に言ってきた。
「ね、だから二人でチョコ渡そうよ!今度、買いに行こうよ」
……チョコを渡す事は決定事項みたいだ。そういえば、家族以外にチョコをあげるのって初めてだったんだ。そういう大切な事がこんな風にあっさり決まるなんて、いいのかな。でも、あたしひとりじゃチョコなんて渡せないと思うから、これはこれでいいんだろう。
++++++++++++++
バレンタイン間近の日曜日。ちえちゃんとチョコを買いに行った。売り場にはたくさんのチョコが並んでいる。あたしは、チョコが大好きだから自分が食べたいなぁと強く思ってしまった。
ちえちゃんとうろうろ見て回るけれど、目移りしてなかなか決まらない。それに、おいしそうなチョコはやっぱり高いと思った。あたしはまだ中1だからお小遣いもそんなに持っていない。だから、そこと折り合いをつけて自分でも食べたいと思えるチョコを選んだ。ちえちゃんも決めたみたいだ。
あとは、バレンタイン当日を待つばかりだ。
ちえちゃんと打ち合わせをした結果、3時間目の前の音楽室に行く前に渡す事になった。いったいどうなるのか不安しかなかった。あたしの初めてのバレンタインの結果やいかに。
2時間目が終わった後、音楽の授業の準備を終えたあたしとちえちゃんはお互い目配せをして、チョコを片手にたかくんの所へ行った。
「たかくん。これどうぞ」
二人で同時にチョコを差し出した。
「あ、ありがとう」
たかくんは、ちょっと驚いた顔をしてあたし達のチョコを受け取ってくれた。そして、足早に音楽室に行く友達の所に駆けていった。
お、終わった。あたしは、口から心臓が出そうなくらいドキドキしていて、ちゃんと渡せたと思ったら力が抜けそうになってしまった。ちえちゃんは、そんなあたしの手を取って、嬉しそうに声を掛けてくれる。
「みゆちゃん、ちゃんと渡せて良かったね。たかくん、受け取ってくれて良かったね!」
「うん。良かったぁ」
あたしは、それだけ言うので精一杯だった。チョコを渡して受け取ってもらう、時間にすればたった1~2分の事だ。だけど、長い長い時間が経過しているような気がしてしまった。
あたしの初めてのバレンタインは、結果はともかくとして、チョコを渡す事ができたんだから大成功だと思う。ちえちゃんがあたしの友達で、ほんとに良かったと思う。
「それじゃ、あたし達も行きますか!」
「はい、行きましょう!」
わざとかしこまった言い方をしたあたし達はにこにこと笑いながら、音楽室まで早足で向かった。
おしまい
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今回、xuさんとゆっずうっずさんとのコラボ企画”あなたの温度に触れていたくて”のバレンタイン部門に参加します。
バレンタインも終わっちゃいましたね。
私なんかは、普段と変わらない普通の日に成り下がってしまいましたけれどね。
今回は、私の初めてのバレンタインの実話をベースにしたショートショートを書いてみました。80年代のコバルト文庫チックな文体で書きましたよw
みゆちゃんシリーズはもうネタは無い!と思っていましたが、記憶をほじくり出してネタを持ってきました(笑)
このパターンで1年に1ネタであと2~3年はいけそうです!
やっぱり、中高時代の事って甘酸っぱい感じがたまりませんね。80年代のコバルト文庫っぽく書くのも、すごく楽しいものです。今現在の見た目はアレですけど、気分は昭和の女子中高生って感じです。
たぶん、今の中高生とは背景なんかもまた違うんでしょうねぇ。
今の私はすっかり擦れてしまいましたが、純情可憐なあの頃の私ときたらもう。だって、あの頃はまーったく男っ気も無かったので、コバルト文庫や少女マンガをたくさん読み、妄想の世界で生きていましたから(>_<)
ちなみに、この彼にはホワイトデーのお返しにスヌーピーのキーホルダーをもらいました。嬉しかったなぁ。もちろん、ちえちゃんにもです。そして、おそらく他のチョコをあげた女の子たちにも。
だけど、チョコを渡して、お返しをもらったら急に気持ちが冷めてしまったりなんかした私です。おまけに、通学かばん(いつか記事にしていた雑納!)に付けていたキーホルダーはどこかに引っ掛けたのか失くしちゃったんですよね。
そしてその後は、2年と3年では違うクラスで、高校も別の所に進学したので、もう接点はありませんでした。
だけど、なんと嬉しい事に成人式の時に偶然出会って、みんなで写真を撮りました。ツーショットではありませんが、今でもその写真は手元に残しています。あの頃はまだ恥ずかしがりやさんで、一言も話せなかったのが残念ではありますが。
xuさん、ゆっずうっずさん、楽しい企画をありがとうございます♪
とても楽しかったです!
今日も最後まで読んで下さってありがとうございます♪
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