ママじゃなくても読んでほしい「ママはキミと一緒にオトナになる」
赤が効いている。それを着た少年がこっちを見ている。
「おいでよ」という感じではない。
「来るなら来れば?」
控えめな誘いに「読んでみようかな」と扉を開ける。
「はじめに」の最初の3行。
「読んでみようかな」が「読みたい」に変わる。
小学生の息子さんとの3年間を綴ったエッセイ。
佐藤友美(さとゆみ)さんの
『ママはキミと一緒にオトナになる』
当書は読む人を選ばない。
子どもの立場で、親の立場で、子どもを見守る大人の立場で、世の中の一員としての私の立場で……。思い浮かべる情景は人それぞれだろうが、一つの親子の物語が読む者の現実につながっている。
せわしい日々に追われている人にこそオススメする。心の引き出しに雑に突っ込んだままになっているあれやこれやをちょっと整理し、自分自身を最適化する、そのためのきっかけをくれる一冊だ。
おすすめエピソードは全部と言いたい。
が、正確には読む人次第だ。
6月に、この本の読書会に参加させていただいたのだが、参加者一人ひとりが語る「一番心に残ったエピソード」は千差万別だった。同じ本でも、いつ、誰が、どんな状況で読むかによって、映る景色が違う。一冊を介して、自分とは違う人の存在を知る貴重な機会だった。
引っ掛かるフレーズは、普段から気にかけている事柄だったり、全く考えてもいなかった概念だったりする。どの言葉が、どのエピソードが引っ掛かるのか——それを見つめることで、今の自分を客観視できるかも知れない。
私が特に心に残ったのは
「この一年で一番、勇気をふりしぼった日」
コロナ対応で学校が悪戦苦闘していた頃、PTAの役員として学校の内部事情を見てこられた著者が、保護者会に参加したときのエピソードだ。
現場の苦労を知らない年配の元教育関係者が、保護者アンケートのデータをもとに「保護者が学校での様子をよく理解できていないのは、先生方の怠慢ではないか」と保護者の前で教職員を叱責する場面。
うつむく先生たちを前に、著者が一人の親として勇気をもって立ち上がる。マイナスに傾き切った空気の針を、一気にプラスに跳ね返す言葉に胸がすく。
「さとゆみ、ブラボーっ!!!」
思わず本を投げ出して、紅白の大泉洋にもドイツ戦後の長友にも負けないテンションでスタンディングオベーションした。誰もいない部屋で。一人で。
私は長年教員をしていたので現場のジレンマはよく分かる。保護者である著者の言葉に、学校はどれだけ元気づけられたことだろう。
誰もが容易に意見できるようになった現代。けれど、そのほとんどが姿を見せない一方通行のものだ。そんなものに私たちは怯え、疑心暗鬼になり、本質を見失っている。対話することもなく。
「信じる」ということは元々そう容易なことではないのだが、そこに行き着くまでの方法や手段、機会もすっかり希薄になってしまって、最近の風潮は「信じる」より「疑う」方向にベクトルが向いていると感じる。
「人を疑う」「子どもを疑う」「大人を疑う」
「自分を疑う」「社会を疑う」「未来を疑う」
字ヅラだけ見ても、全くしあわせになれそうにない。
信じるばかりの世の中じゃ、うまくいかないのは分かっているが、せめて51対49でも「信じる」側に空気が傾いていて欲しいと思う。総じて「疑う」より「信じる」方が、プラスの大きなエネルギーを生んできたのを見ているから。
この本を読んでいる間の安心感。それは、著者の言葉の根底に「信頼と尊重と希望」があるからだ。そして、それを生み出す元となっているのが「対話」。相手と向き合い、耳を澄まし、言葉を交わす。「信じる」ことは容易ではないからこそ、その過程をないがしろにしない。著者のその姿勢を見て、私のエネルギーもプラスの方向にふくらむのを感じた。
最近は、出産祝いにこの一冊を贈ることにしている。
先日も姪から「第二子が生まれた」と連絡があった。
4000g超えのビッグベイビー。
「Welcome to the world.」まさにそれ。
「まぁ、てんやわんやだろうけど、肩の力抜いてよ」と、祝いにこの一冊を添えた。
当書には子育てのヒントがバンバン詰まっているのだが、姪には特に、子どもを育てるときにありがちな「こうあらねば」という思い込みを解く感じが伝わればいいなと思っている。
「教えなければ」「育てなければ」と思うと、下の写真みたいに対面で一方的になりがち。子どもも辛いが、大人もずいぶんと辛い。いつも子どもの先をいっとかないといけない。
しかし、本を読み進めるにつれ「大人も分からないときは子どもに聞けばいいし、互いを尊重しながら、前を向いて並んで歩けばいいんじゃないかな」という気持ちになる。「進む方向を見つめながら、必要なときが来たら立ち止まって向き合えばいい。子どもはみんなで育てるものだしね」と。
姪から祝いが届いたと連絡があった。「早速パートナーが先に読んでるけど『いい本で泣けてくる』って言ってます。私も読むのが楽しみ」と書かれていた。
子育てのスタート地点で、この本に出会えるのは幸運だと思う。読みながら立ち止まり、考え、言葉を交わし合って、自分たちなりの子育てのカタチを見つけていくのだろう。私も陰ながら、子どもたちの成長を見守る応援団の一人として力になるつもりだ。
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