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九舎耳(くしゃに)
2020年9月17日 17:44
男は三十三歳、独身。大手IT企業に勤めるシステムエンジニアである。金曜日のこの日、いつもより早い時間の午後六時半に仕事を終わらせた。会社のロッカーでクリーニングしたばかりのYシャツとジャケットに着替え、脇の下に香水をシュッとひと吹きさせた。鏡に向かって髪も念入りに整え、顔の脂をあぶらとりフィルムできれい拭き取った。 今晩七時にレストランの予約が入っていた。そのレストランは、最高のジビエ料理を提
2020年9月17日 17:29
一円玉は絶望の雄叫びを上げた。「誰かおらぬか! いたら救出してくれ!」 叫んでもどうにもならなかった。それもそのはず、一円玉は暗くて狭い路地に横たわっていた。財布からポロリと落ちてからどれくらい時が流れたことか。雨の日もあった。雪の日もあった。風の強い日もあった。誰も拾ってくれない。それどころか誰からも目も合わせてもらえない。「おかしいじゃないか。俺様を誰だと思っているんだ。一円玉だぞ。俺
2020年9月17日 17:36
一 公園は屈託なく笑っていた。透き通った青い空に芝生の緑がまぶしく反射し、寄り添うように流れる大河から絶え間なく風が通り抜けてゆく。老人も子供も、男も女も、市民も異国人も、資本家も労働者も、健常者も障害者も、皆別け隔てなく吸収し、人びとの憩いの場となっている。 タケルとシンは噴水の前でジャグリングの練習をしていた。シンは百八十五センチのスラリとした長身で容姿端麗、少女漫画に出てくるヒロイ