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牧くんのコンビニ生活#25。(そしてぼくらは②)

大島さんによると、ユースケくんがバイトを辞めた話をしたところ、鉄平くんが「いちごマート、人手不足で大変だね。ボクもそろそろバイトでも始めようかな」といったらしい。

「まさか鉄平までここでお世話になるなんて、わたしもびっくりなんだけど。他の人に相談したら、いいじゃない、連れておいでよって言ってもらってね」
もちろん、店長もOKを出したらしい。
「あの子が一番、喜んでるみたい。自分が人の役に立つことができるって、やっぱりね」
そう言いながら、大島さんは大きな目を潤ませていた。

レジ業務もいいけれど、人と接するのにはまだ慣れないだろうからと、最初は惣菜作りのサポートからやって、少しずつ様子をみることになったらしい。

「いいですね。いつか鉄平くん、自分でつくったジャンボおにぎりを買って帰るようになるんじゃないですか」
「ふふふ。そしたら今度は、わたしがそれをガッついちゃうわ」
「ぼくももうちょっと、料理の勉強しないとやばいです」
「そうよ、時代は男も女も平等に、だからね。彼女できても料理のできない男は捨てられちゃうよ」

すっかり気分の上がっている大島さんのおしゃべりは、またしても暫く止むことはなかった。

「ユースケくんのことなんだけどね」

声のトーンを落とした大島さんは、ユースケくんのことも話してくれた。

ユースケくんのお母さんが店に謝りにきて、代金の支払いもしたという。本部への報告は、店長が済ませていて、今回の件は警察沙汰にはしない方針だと伝えると、お母さんは何度も頭を下げてお礼を言っていたそうだ。

万引きの件が明るみになった後、ユースケくんの通う高校でも進路指導があり、家庭の事情で進学がむずかしい場合にも、いくつかの選択肢があることを担任の先生が丁寧に説明してくれたらしい。ユースケくんももう一度、進路について考え直しているそうだ。

「ユースケくん、進路のこと、一人で全部決めようとしてたみたいよ。それで余計に気持ちがしんどくなったのね。あんなによく喋る、明るい子でも、いざ自分の相談ごとって、なかなか打ち明けられないものなのね」

大島さんは、自分に言い聞かせるような口ぶりだった。長く鉄平くんがひきこもっていたことも、脳裏に浮かんでいたのかもしれない。

久々の長時間の立ち仕事は、疲れた。でも心地よい疲れだった。ユースケくんのことも、鉄平くんのことも、いい方向に向かっていると聞いたせいもある。ぼくは一人っ子だから、兄弟のいる感覚ってよく分からない。でも年下の同性を気にかけるって、なんかいいものだ。

 **

帰宅後、ラーメンでお腹を満たしてから、ぼくはスマホで奨学金制度や夜間大学について調べてみた。今や多くの大学生が奨学金をもらいながら、学生生活を続けている。奨学金のおかげで、大学に進むという選択肢を選べた子もたくさんいる。うちも同じだ。奨学金は、ただでもらえるわけではない。世界には、教育費は無料という国もあるみたいだけど、日本はちがう。借りたお金は返さなくてはならない。ぼくの高校の先生も、すごく長い時間をかけて、奨学金を返済したと話していた。

コロナの流行で、大学生の苦境を報道するニュースもよく目にするようになった。バイトで生活費をやりくりしていたのに、飲食店が休業や閉店になったせいで、生活が立ちゆかなくなったというのだ。一人暮らしはお金がかかるから、実家に戻る子もいれば、野草を採って料理し、空腹を満たしている逞しい子もいる。

そこまでして大学を卒業しても、本当に安定した企業に就職できるかどうかは分からない。就職先が決まっても、働き始めてみるとブラックで、早々に仕事を辞める学生も多いと聞く。仕事が不安定でも、奨学金は返し続けなくてはならない。日本の学生、どういう状況なんだと言いたくなる。気持ちが追い詰められないわけがない。

一般的な大学とはちがい、夜間大学だと学費は半分に抑えられる。昼間は働いて、夜に勉強できるのが強みだ。それでもかなりの意志力と体力が要求されるだろう。多くの若者に勉強の機会を与えるための夜間大学も、18歳人口が減少している影響もあり、募集を停止する大学も増えている。もしユースケくんが夜間に通いたいのであれば、早めに決断する必要はあるだろう。

あとは通信制の大学。自分のペースで通信で学ぶ子の数も増加している。小中学校で不登校を経験した場合など、その方が馴染みやすい場合もある。ぼくの中学の同級生で一人、通っているやつがいる。通信の場合、自分で勉強のペースを作ってコツコツ続ける必要があるから、勉強したい目的がはっきりしていないと、モチベーションを保つのはむずかしいらしい。学生の半分は40代以上で、それに比較すると、若者の割合はずいぶん低い。

日本では、高校生までは頑丈なレールの上を走らされているような感じがある。ぼくもその一人だ。高校を卒業した途端、一気に「自分の意思で」「自由に」選択することを、あらゆる場面で迫られる。選択するという体験の蓄積があまりに乏しいぼくらは、思わぬ失敗をしてしまう。その都度「自分はこんなことすら出来ないのか」と、当然のごとく落ち込む。

何度も失敗を繰り返しながら「自己決定するとはこういうことなのか」と時間をかけて体得していけばいいはずのことが、日本では上手くいかない。一度の失敗が許されない社会と、そんな社会を恐れて、自分を守ることや失敗しないことばかりを考えてしまう、ぼくら若者たち。

いいじゃないか。もっと失敗しても。もっと悩んでも。ぼくはいつから、こんなに感情的な人間になったんだろう。最近、怒ってばかりいる気がする。以前はそんなことなかったのに。「ほとけの牧」なんて言われたことはないけど、ぼくが怒ったのを見たことがないだの、お前に感情があるのかだの、友だちには散々いわれてきた。それが今になって…。他の人が当たり前に受け入れてる現実を、受け入れられないくらいに、ぼくは幼稚な精神の持ち主になってしまったのだろうか。


(つづく)




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宮本松
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