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黄色いドレス。(3)

「まあ、ほんとうにすてき!」
仕上がったワンピースを見て、少女はとても満足そうにいいました。
「この服があれば、もう何も心配することなく、おどることができそうです」
「それは良かったです」

ヨシダさんもホッとしました。少女は、何度もふり向いてはにっこりとおじぎをしながら、かえっていきました。
(ああ、仕事がおわってしまった)
少女を見送ったあと、ヨシダさんは心にぽっかりと穴が開いたような気がしました。

ところが不思議なことに、その数日後、また別の少女が衣装をつくってほしいとお店にやってきたのです。その子もやはり緑色のワンピースを着ています。頬のふっくらとした少女は、恥ずかしそうにいいました。
「すみませんが、この生地で、発表会の衣装をつくっていただけませんか」
ヨシダさんは、おどろいて声を出すこともできませんでした。その布地は、はじめにきた少女が持ってきたものと、大変よく似た黄色の布地だったからです。

「は、はい」
ヨシダさんは気持ちをおさえながら、どのように仕上げてほしいのかとたずねました。すると少女は何の迷いもなく、
「あなたの娘さんが着ていたようなワンピースにしてください」
といいました。こうして一着のワンピースが仕上がる度に、また別の緑色の服を着た少女がやってきては、ワンピースを注文していくようになりました。あつい夏の間、ヨシダさんはあつさを気にする暇もないくらい、いっしょうけんめいに服を作りつづけました。

それにしても…。どうして何人もの少女が次々と現れては、同じような服を作ってほしいというのだろう。ヨシダさんは気になって仕方がありません。

(もしかしたらあの子たちは、どこかのダンス教室の生徒さんなのかもしれない。教室の先生にしょうかいされて、この店を知ったのかもしれない)

皆、ぬけるような白い肌で、しなやかな体つきをしていました。身のこなしも軽く、バレエのダンサーのようでした。注文の中には、一人ずつちがうお願いもありました。それはスカートの形でした。フレアのボリュームを多くとってほしいという子もいれば、すその数カ所に切れ目を入れてほしいとたのむ子もいました。腰まわりのギャザーをふやしてくれという子もいました。ヨシダさんが、少女ののぞみ通りに仕上げると、たしかにその形が一番、その少女の体型にぴったりとあっていて、美しさがひきたつように見えました。

もう一つ、ヨシダさんが気になっていたことがあります。それは布地のことでした。職業がら、これまでも何百、何千もの布地を手に取ってきたヨシダさんが、これまで一度もさわったことのない手触りの布地。あれは一体、何でできているのだろう。ヨシダさんは、知りたくて知りたくて、たまらなくなりました。

七人目の少女の服が仕上がる頃には、外は風が冷たく感じる季節にかわっていました。少女は、黄色いワンピースを大事そうに両手でかかえて、ほおずりしました。
「とてもうれしい」

ヨシダさんは意を決して、少女にたずねてみました。
「この生地は、一体何でできているのですか」
「カロテノイドという成分がふくまれているのです」
と、少女はこたえました。

カロテノイド。ヨシダさんは、その名前を聞いたことがありませんでした。ヨシダさんがお店の入り口で少女を見送ろうとしていると、その子はおもむろにふりかえり、おずおずとたずねました。

「もしよろしければ、わたしたちの舞台を見にきていただけませんか?」
そういった後、少女は少し悲しそうにつけくわえました。
「今年が、いよいよ最後になりそうなんです」

ヨシダさんが見に行きますと返事をすると、少女の顔はパアッと、明るい喜びで満たされました。
「では、発表会の日時が決まりましたら、招待状を送らせていただきます」
少女はそういって、かえっていきました。


(つづく)





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宮本松
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