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牧くんのコンビニ生活#6。(表情を読むか問題②)

「牧さん、D大なんでしょ?」

ユースケくんから不意に質問されて、ぼくはフラッとした。なんで知ってるの?だれに聞いたの?とは聞き返さなかった。「うん、そう」と答えただけだ。

「いちごマートで働いてるのは主婦が多いから、どんな情報もあっという間に広まりますよ」

ユースケくん、そういうの気にならない?ぼくはかなり嫌なんだけど。自分の情報が自分の知らないところで誰かに筒ぬけみたいなのって。ぼくはだまって、隣りにならんでいるユースケくんに、心の中で語りかけてみる。でもユースケくんは、そんなの当たり前だと思っている様子だ。そうか、それがここの流儀ってわけか。

「おばさんたちも、退屈な日常に話題がほしいんすよ。だから若者のこと、根掘り葉掘り聞いては、うわさ話してますよ」

うーん。高校時代のこと思い出すと、確かにうわさ話って教室の潤滑油みたいなところがあった気がする。テストの成績はだれが良かったとか、どこのクラスに可愛い女の子がいるとか、テストで赤点とっても追試で拾ってくれる先生はだれとか。自分から繋がろうとしなければ、だれとも繋がらない大学生活をふつうだと思って暮らしているぼくに比べたら、まだ高校生のユースケ君にとっては、学校とコンビニの世界の境目はそれほど大きくないのかもしれない。

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そんな会話をした後から、ぼくはどうすればお客さんの反応を気にし過ぎずにレジに立てるのか、考えるようになった。なるべく無駄なストレスは減らしたい。自分の視線をバーコードみたいに想像して、お客さんを眺めるだって?試しにイメージしてみることにする。

怒っている人も笑顔の人も、その人の瞬間の感情が顔に現れているだけなんだ。気にしても仕方ない、と自分に言い聞かせてみる。それでも気になるくらい、顔の濃いお客さんとは、目を合わせないことにした。大きな目でギョロリと見つめられると、なぜか目が離せなくなってしまう癖があるから。中学の時には不良グループの一人に「お前、ガンつけてんのか」と危うく絡まれそうになったこともある。目さえ合わせなければ、ビクビクすることはない。

でも結果からいうと、思ったようには変われなかった。当たり前か。自分という人間のあり方が、人からのアドバイスを聞いてすぐに変わるとしたら、それこそ一大事だ。でも練習してみた効果なのか、レジに立つことに慣れてきたせいなのか、少しずつではあるけれど、人の顔を見ることへの戸惑いはなくなってきた。

店にきたお客さんの様子を冷静に観察できるようになると、多くの人は真顔だという当たり前のことに気づく。友だちと楽しくおしゃべりしている時とは、ずいぶん違う表情で物(商品)をながめている。本人にそんな自覚はなくても、客として無防備に買い物している人というのは、街で見かける人間とは、違った見え方をするものだ。

それに…。観察というのは、かなり面白い行為だということも分かってきた。仕事が暇な時、ぼくはお客さんの様子を観察するようになった。店に入ってきた瞬間に、全身をスキャンするように眺める。性別、年齢、服装がまず目に入る。その後、店内を歩くスピードや姿勢、表情、買い物かごを手に取るかどうかなどから、その人がどんな買い物をするタイプかも、なんとなく想像できるようになる。

お昼どき、腹を空かせてバタバタと急ぎ足でやってくるお客さんの多くは、何を買おうかと迷う人は少ない。予め、食べたいものが決まっているのだろう。お昼を過ぎて、のんびりモードでやってくる人たちは、気持ちにゆとりがある。食後のデザートを選ぶ人たちは、時間をかけてじっくりと商品を選ぶことが多い。手に取ったり、また戻したり。この人はシュークリーム派?それとも和菓子派かな?想像したのとは違うスイーツをもって、その人がレジにやってくると、ぼくは何かに負けたかのような気分を味わう。それもぼく一人の小さなお遊びだ。

ぼくがレジの奥から何気なく眺めていると、お菓子売り場でしゃがみこんでいた女の子がパッとこちらに顔を向け、強いまなざしを送ってきた。ぼくは一瞬、ひるんだ。わ、ごめん。じっと見られてたら嫌だよね。観察されるって、気持ちが落ち着かないよね。ぼくはそこで気が付いた。人を何の感情も込めずに眺めることは簡単にできる。でも、自分がそんな風に人から眺められるのは、気持ちのよいものではないんだってこと。

そういえば、ぼくも自分がコンビニに立ち寄る「お客さん」だった頃は、無愛想な顔でレジに並んでいた。それは、そうする方が自然というか、コンビニの店内では、そう振る舞うことで気持ちのバランスをとっているようなところがあった。

(何なんだろうな。コンビニっていう空間の、便利のよさと素っ気なさと、整いすぎた清潔感と人工的な空気感って…)

働いているぼくたちも普通の人間で、買い物するお客さんたちも普通の人たちなのに、どことなく堅苦しい感じがする。レジでイチャモンをつけてくるお客さんたち、実はそんな雰囲気が息苦しくて、つい暴走してしまうんじゃないのだろうか。そんなこと考えるのは、ぼくだけかもしれないけれど。

昭和の香り漂う商店街を歩いている人たちを、テレビ番組で観たことがあるけど、垢抜けない空気の中でのびのびと買い物を楽しんでいる様子が画面越しに伝わってきた気がする。それも時代のせいなんだろうか。

(或いは、モノがありすぎて目線を動かす空間がないのが気詰まりなんだろうか)

ぼくは考え込むとやたらと考え続ける。そして答えは出ない。なぜならぼくは名探偵コナンでもシャーロックホームズでもないからだ。

大島さんみたいに、八百屋さんか花屋の奥さんみたいな親しげな顔つきで、コンビニのお客さんに対応できる人って、珍しいのだ。そうなるには人生経験ってやつが必要なのかもしれない。


(つづく)





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宮本松
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